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あなたが、好き。


〜8〜


「モデルやってたんだ、俺」
 抱え込むようにした膝に頬を付けたままの稜が、二度瞬きをした。反応を見るように、真樹の顔を覗きこんでいる。
「モデルって……雑誌とかに出てる、あれ?」
 真樹はマガジンラックに無造作に突っ込まれたファッション雑誌に目を向けた。表紙の女性は綺麗な顔に濃い目の化粧をして、白い歯を見せてこちらに笑い掛けている。
「他にどんなモデルが居んだよ」
 真樹の視線の先にある雑誌を一瞥し、稜は低くつぶやいた。
「あ……いや……ほら、髪切ってもらうモデルとか」
「それはカットモデル。違うの、俺がやってたのは。正真正銘、いろんな服着て雑誌に載ったり、特集記事でリポーターやったりする、アレ」
 体の後に手をつき、稜は背を反らした。顔をしかめ、痛そうに伸ばした足がガラステーブルの下をくぐって向こう側に突き出る。
「ほー」
 真樹はその足の長さを見て、それもアリかと半分納得した。だが後の半分はどこか信じ切れない部分があった。綺麗な顔をしているからモデルと言っても通用するだろうとは思ったが、目の前で制服を着て座っている彼が本当にそんな華やかな仕事をしていたのだと言われても、にわかには信じ難い。
「『ほー』って、信じてないね、その反応は」
 半眼になった稜が、再びこちらを見た。
「え……と、そんな事ないけど、その……急には実感湧かないっていうか」
「ほら、やっぱ信じてない」
「……うん」
 口を尖らせて、真樹は首をすくめた。
「ま、いいや。あなたが信じる信じないは別として、とにかく俺、モデルやってたのね。本名から取って、下の『稜』って名前で。結構売れたんだよ。テレビにもちょこちょこ出るようになったら、ファンレターとかファンメールとか来るようになってさ。事務所サイトのプロフィールには載せてないのに、どうやって調べたんだか、学校の周りにもよく女の子が来るようになった」
「追っかけ、か」
「そんなもんかな。うちの学校バイト禁止な上に、そんなんで騒がしくなっちゃってさ、他の生徒にも影響が有るってんで問題になったんだ。で、卒業までしばらくモデルの方は休業にしたんだけど……っつ」
 よいしょ、と伸ばした足を引っ込めて、あぐらをかこうとする。だが痛さに顔をしかめて、再び膝を抱えた。
「ああいう仕事するって事はさ、自分が商品になるって事でしょ? 『稜』として仕事やってる時はいいんだよ。自分も商品に徹するから。でもさ、『神鳥稜』に戻ったオフの時にまでそういうの持ち込まれると……正直、しんどい。駅で電車待ってる時とか信号待ちとかしてる時に話しかけられて。眠い時も落ち込んでる時も英単語覚えてる時も、お構いなし。トイレ焦ってた時だって、引き留められてさ……そりゃ向こうはいいよ、その時かぎりだから。だけどこっちは、そんなのがほぼ毎日。メディアに露出した途端、俺のプライベートなんて吹っ飛んだ」
 稜はこちらに顔を向けて、苦く笑った。あの日店で見た、彼特有の笑い方。口元は綺麗な弓形に引き上げられているのに、その眼差しは今にも泣き出しそうだ。
 真樹は、ふと彼の心の奥を覗いたような気がした。
「女の子とか寄って来るようになってさ。最初は遠巻きに見てるんだけど、その内に勇者がね、立ち上がるわけよ。俺んとこ来て、付き合ってくれって。で、断るとどうなると思う? 逆ギレされて、あることないこと噂立てられる。今日なんか、可愛い後輩フッたら、『男の方がいいのか』って言われたよ」
 思い出したのか、稜は目を瞑って失笑した。
「……え、そっち系?」
「違うよ、信じんなよ。俺はノーマル」
 真樹の控え目な問いに、稜は少し怒ったように眉根を寄せた。
「最初はそりゃ、俺も健康な男子だから嬉しかったよ。でもさ、なんか……その内にさ、わかっちゃうのよ。こう、なんつーか、見え見えなわけね。俺と付き合いたいんじゃなくて、名前の売れてる『稜』と付き合いたいんだって考えがさ」
 首を伸ばすようにひとつ頷くと、パラリと目にかかった長めの前髪をうるさそうにかき上げる。
「そりゃ好きになってくれるのは嬉しいよ。応援してくれるってのは、好きの延長線上にある行為だと思うからさ。でも俺のことよく知らないくせに、上辺だけ見て勝手に俺の中に理想像作られてもね……。断り切れなくて付き合うじゃない? それで俺がその子の思ってたのと違う反応すると『イメージ違う』とか言われるし。ひとつひとつは軽く言われただけなんだと思うけど、溜まっちゃうとそれが結構地雷だったりするわけよ。俺も『素』じゃ、ただの高校生なワケだから。もう、吹っ飛ばされて、粉々って感じ」
 稜は眼差しで床のカーペットの模様をたどる。諦めたように彷徨う視線が、真樹の心にトゲを刺した。
「どっちにしてもさ、相手の子が欲しいのはオンの時の俺なわけよ。『稜』は欲しいけど『神鳥稜』は要らない。カッコつけてキメキメな俺は欲しいけど、だらしなかったり弱かったりするオフの俺のことなんて、誰も必要じゃないんだ……なんて事に気付いちゃったら、だんだん面倒臭くなって。もういろんな事考えるのも嫌んなってさ。相手を真剣に好きになれなくなった。好きになれないっていうか、その前に最初から信じらんないのかな、人を」
 稜がため息をつく。真樹の胸にも、苦いものが広がった。
「雑誌に載ってた俺の写真ってのはさ、スタッフの人とかが……スタイリストさんだったり、カメラマンだったり、照明さんだったり……、そういった人達が作りあげた作品なわけでしょ。カッコ良く見えて当たり前なんだよね。そこに映っているのは俺一人でも、見えない部分で何十人って人が関わってる。俺一人の力じゃ、演じきれるもんじゃないんだ。なのにそのイメージを、まんまオフの時の俺に持って来られても、重すぎるんだよ。俺は全然カッコいい人間じゃないし、賢い人間でもないし」
 稜の口元が、僅かに歪んだ。
「こないだの店さ、俺がバイトしてるっていうの、その頃のファンの子達の間では有名らしくてさ。よく来るんだ、女の子達が。店長はそこんとこ分かってて俺に店に出て欲しいって言うんだけど、俺の気持ちがついて行かなくて。だからあの日もピンチヒッターで仕方なく店に出て、イライラしてたんだけど」
 伏目がちにしていた稜が、ふと真樹に目を向けた。視線が絡んで、一瞬、時が止まる。
「……って、俺、何語ってるんだろ。こんなこと人に言ったの、初めて」
 少し照れたように言うと、稜は再び目を伏せ、唇の端を引きつったように引き上げて見せた。
 そして……。
「でも結局、自分でこの状況を乗り越えて行くしかないんだよね」
 それきり、稜は口をつぐんだ。


 しばしの沈黙。真樹も何と返して良いのか分からず、黙ったまま彼の妙に捻じ曲がった口元を見ていた。
 稜が吐き捨てるように小さく息をついた。
「あー、何か熱く語ったら、腹減ってきた」
 言うが早いか、彼のお腹が鳴る。二人は顔を見合わせて、どちらからともなく笑った。稜の笑顔は、さっきまでの苦いものではなくなっていて、真樹は少しほっとした。
「お菓子とか、置いてないよ。ダイエット中だもん」
 できるだけ明るく言うと、真樹は立ち上がった。
「ダイエットなんてしてるの? 別にいいじゃん、そのまんまでも」
「自分では気になるの!」
 そのままスリッパをつっかけてキッチンに向かおうとする。
「ふーん、そんなもんかなぁ」
 稜の言葉に振り返ると、彼が上から下へと自分の体の上に視線を這わせているのが目に入った。
「じろじろ見るな」
 真樹は稜の傍につかつかと歩み寄ると、弟の征人にするように、彼の後から首に片腕を巻きつける。
「うわ」
 不意討ちをくらって、足の悪い稜はあっさり捕まった。
「このセクハラ高校生が……」
 そう言いかけて、真樹はふと目の前にある彼の肩に目をやった。
 自分より広い肩。なのに今は、それがとてもか細く見える。この肩で風を切ってカメラの前に立ちながら、彼は何を思っていたのだろう。
 本当はその肩を優しく抱き締め、頭を撫でてあげたかった。でもそんな事をしたら、懸命に今の状況を受け入れようとしている稜の中の何かが崩れてしまいそうで、真樹は代わりに片方の手でゲンコツを作って見せた。
「うわ、勘弁して。俺、電池切れで動けないし」
 抵抗する様子もなく、稜はただなすがままになっている。真樹は彼が逃げない程度に腕を緩めた。
「そんなにお腹すいてるの?」
「今日学食行くの遅くて、Cランチしか残ってなかったから。ちなみにA、B、Cってランクが有って、Cランチはダイエッター用。もろカロリー制限してますって感じで、成長期の男子には全然足んないんだな、これが」
 手と視線をフルに使って、さながら目の前にランチの皿が有るかのようにリアルに解説していく。真樹の腕は、まだ彼の首に緩く撒き付いたままだ。稜が動く度、目の前で柔らかそうな髪がサラサラと揺れていた。
「まだ成長するつもり?」
 呆れたように真樹は言った。自分と比べても、彼の背は随分高いように見える。
「今時全然足んないでしょ、身長。今、百七十八だから、せめてあと二センチは欲しい。まだモデルに復帰しないって決めたわけじゃないし」
「うわ。天井つっかえちゃう」
「そんな低い天井、ないよ」
 稜は顎をしゃくって部屋の天井を指した。真樹もつられて天井を見上げる。
「天井じゃないけど、うちの実家の鴨居が確かすごく低かったわ。弟も頭下げながら歩いてるし」
 真樹の弟の征人も背が高い。昔の造りの実家では、頭をぶつけないように征人もしょっ中頭を下げて歩いている。おかげで物腰の柔らかい男になったと、この間の電話で姉が笑っていた。それを真に受けたわけではなかったが、背が高くて苦労しているのは事実のようだ。
「弟さん、いるの?」
 首に回したままの真樹の腕に両手を掛け、背中越しに稜が振り返る。至近距離で目が合って、真樹は少し焦った。綺麗な目をしている。自分が失ってしまった、遠い昔の純粋さを彼は持っている。
「大学一年のが一人。あなたと一つ違いね」
 見透かされそうな瞳から逃れるように目を逸らす。彼の首から腕をほどくと、真樹は曖昧に笑って何気なくその場を離れた。
「ふーん」
 何を思っているのか、稜はあまり気のない返事をした。


――弟がいるのか――
 稜は、指先で首に触れた。たった今まで彼女の腕が触れていたあたりを撫でる。
――この人にとっての俺は、弟みたいなもんなんだな――
 彼女の腕から解放された首が、妙にスカスカする。それは自分で触れても埋められない温もり。
 たったそれだけの事だったけれど……何故だか温かい居場所を失ってしまったような気がした。


「何か飲む? コーヒーとか?」
 真樹がキッチンから声をかけた。
「コーヒー、要らない。すきっ腹に飲んだら吐きそう。それより……ああ、ホントにもうだめ。腹減って死ぬ」
 稜が床に突っ伏した。ゴロリと転がって、上を向く。顔を隠していた長めの前髪が、遅れて額のところで分かれた。
「じゃあ送るよ。お母さんが夕飯作って待ってるでしょ」
 一旦手に取ったコーヒーポットを元に戻し、真樹は車のキーが入っているバッグを視線で確認した。
「俺んち、いつも夜中まで誰もいないんだ。バイト入るつもりで母さんにも飯要らないって言っちゃったから、作り置きしてないだろうし。店で飯食わせてくれるんだ。バイトのある日はね。今日もホントは行くつもりだったけど、途中で足の傷我慢できなくなって、休むことにしちゃったし」
 指を組み、床の上で大きく伸びをする。
「あーあ、さっきのコンビニで弁当買っときゃよかった」
 稜は伸びのついでに、ダミ声に近いほど潰した声色で、だだっ子のように言った。
「じゃあ、うちで食べてく? どうせ自分の夕飯も作らなきゃいけないし。時間、大丈夫?」
 真樹はつい、声を掛けた。自分の口から出た言葉に、一瞬我が耳を疑う。
――何故、言ってしまったんだろう。彼を乗せて途中のコンビニで弁当を買い、家に送り届ければ済む話ではないか。
 だけど……。
 一人より二人の方が楽しい。お互いに一人ぼっちで夕食を食べるより、二人で食べた方が絶対に美味しい。
 彼が今まで誰にも言ったことのない、あんな話を聞いた後だからかも知れないと、真樹は思った。
「え、作ってくれるの?」
 稜がガバッと飛び起きた。
「時間、あります。いっぱい!」
 そう叫ぶ彼の背後に、ブンブンと振られた尻尾が見えるような気がする。
――犬みたい――
 表情こそ変えなかったが、真樹は心の中で呟く。
「このまま放り出されたら飢え死にしそう、って顔してるんだもん。化けて出られても困るし」
 込み上げる笑いをかみ殺しながら髪をゴムでくくると、真樹は中身を確認するために冷蔵庫を開けた。
「勝手に殺さないで欲しい」
 稜が不満そうな声をあげる。
「『腹減って死ぬ』んじゃないの? 死なれても困るから、そこにおとなしく座って待ってて。えーっと……A、簡単手軽なインスタント物アレンジコースと、B、手間暇掛けたおふくろの味コース。どっちがいい?」
 二人分の食事を作る材料はある。ネギを取り出して冷蔵庫を後ろ手に閉めると、真樹はいたずらっぽく笑って尋ねた。
「どんくらい掛かるの?」
 稜が足をかばいながら、四つん這いで数歩近づく。
「Aが十分、Bが四十分」
 手にしたネギを指し棒のように振って、調子を取りながら真樹は言った。
「え! 四十分! ……待ってたら、ほんとに電池切れそう。決定! インスタント物アレンジコースで頼んます」
「了解」
 くすりと笑って体の向きを変えると、真樹はシンクに水を流し始めた。
「で、おふくろの味コースは、またこの次に」
 その背中に稜が声を掛ける。
「え? ……うん」
 真樹の手が、ふと動きを止めた。
――この次――
 人の目がないせいか、心が無防備になっている。咄嗟にいつものようにうまく切り返すことができなかった。そのまま黙っていると、なんだか『この次』がある事が、自然に思えてしまう。
 またこうして二人で夕食を食べる。
 ただそれだけの、約束ともつかない言葉に、真樹の心の中に新しい波が立ちはじめていた。


 キッチンから材料を刻む調子の良い音が響いてくる。稜はリズムに合わせて揺れる、真樹の束ねた髪を見ていた。
 座椅子に背中を預けていると、心の中が温かいもので満たされていくのを感じる。羨望でもない、今以上の高みへと自分を追い立てる期待でもない、もっと温かなもの。
 稜はふと、自分をよく見せようと懸命に飾り立てた、同年代の女の子を思った。彼女達は彼女達なりに可愛いとは思う。だがその気合が見えてしまうと、却って引いてしまう自分がいる。
 モデルとして、作られて行く過程を経験したせいだろうか。同年代の友達より、自分は屈折しているのかも知れない。
 次に、真樹を思った。回りの女の子達にはない居心地の良さの中に、いつまでも浸っていたいと思った。
「なんかさー、こうやって飯できるの待ってるのって、新婚さんみたいじゃない?」
 揺れる束ね髪が、ふと稜の心を緩ませた。先日テレビで観たドラマのワンシーンを思い出す。新婚の夫婦が崩壊して行くサスペンスドラマだったのだが、妙にアットホームなそのシーンを、何故だか忘れられずに覚えていた。
「誰と、誰が、新婚っ?」
 包丁を持ったまま、真樹が背中越しに振り向いた。
「あ……いえ……何でもないです」
 包丁の切先が剣呑に光ったような気がして、稜は言葉を濁した。無意味にデイパックを開けて、中を探るふりをする。しばらくして上目遣いに窺うと、真樹はまた何事も無かったかのように材料を刻み始めた。
 指先に、宿題に出された感想文の原稿用紙が触れる。
――ヤバ……忘れてた――
「じゃ、俺はここで宿題でもやってます」
 仕方なくそれを引っ張り出し、テーブルの上に広げた。
「頑張れ、受験生」
 振り向きもせず、真樹が調子をつけて言った。包丁のリズムがそれに呼応して、ラップのように聞こえる。
「あっ、ヤなこと思い出させた。別な意味で、電池切れそう」
 稜は眉をしかめて、本当に嫌そうな顔をした。


 鍋がいい匂いの湯気を上げる。真樹は最後にこしょうをふって、火を止めた。
「さ、できたわよ。そこ片付けてくれる?」
 テーブルの上に広げた宿題と格闘中の稜に声をかける。
「はーい」
 低い返事と共に、本を閉じる音が聞こえた。
「熱いよ」
 お盆の上に乗せた皿をテーブルの上に置きながら、真樹はまだ出たままになっている原稿用紙を覗きこんだ。男の子にしては読み易い文字が並んでいる。
「見たな」
 原稿用紙の上にガバッと体を投げ出し、稜が言った。
「見えた、の間違い。それだけ盛大に広げてれば、嫌でも見えるって」
 大して興味もなさそうに言い、真樹は全部の皿を並べ終える。
「俺苦手なんだよ、感想文って」
「ふーん、男の子ってそういう人、多いよね」
 原稿用紙をバッグにしまいながら稜が情けない声を出す。真樹も自分の高校時代を振り返り、クラスの男子が書いた中学生並みの感想文を思い出した。
「だいたいさー、感想文なんて書いてどうなるってわけ? 人それぞれ感じることって違うじゃない。それなのに点数付けられるんだよ、こんなモンで。それって納得いかないんだけど」
 稜がふてくされたように言い放つ。
「考えたことなかった、そんなこと」
 そんな考えも有ったのかと、真樹は今更ながら感心した。自分は何の疑問も持たずに書いていたのに、彼は嫌なりにその意味を考えている。確かに感じ方に点数を付けられるのは、あまり気持ちの良いことではないかも知れない。
「それって、深く考えなくてもスラスラ書けたってことだよね」
 上目遣いに稜が見上げる。その目には、羨望の念がこもっているようだ。
「う……ん。感想文は得意だったかな」
 そういえば、書けば必ずクラスの中で発表させられていた。
「凄いじゃん」
 稜の肩が、一層落ちる。本当に苦手な科目のようだ。
「別に凄くないよ。何を書けば先生方が納得してくれるか、なんとなく分かっちゃうのよね。相手の求める答えが見えちゃうっていうか……。だから自分が思っていないような優等生的答えも、スラスラ書けちゃう。要は、ごまかし方が上手いだけよ」
「それでも凄いよ。俺にはできないわ、そんなこと」
 そう言いながらも、稜はシャーペンと消しゴムもペンケースにしまい、消しゴムのカスもまとめて一箇所に集める。真樹がゴミ箱を差し出すと、その中に消しカスをつまんで放り込んだ。意外と几帳面なんだな、と真樹は思った。
 稜が片付けたテーブルの上に、湯気の立つ二人分のチャーハンとワンタンスープが並んだ。
「いい匂い。これ、インスタント?」
 稜が犬のように鼻をヒクヒクさせる。
「そうよ。チャーハンはネギと焼き豚とご飯と鶏ガラスープの素。ワンタンスープは市販の乾燥ワンタンを煮込んで、茹でて冷凍しといたホウレン草を入れるだけ。あ、ホントはチンゲン菜の方が中華っぽくていいんだけどね、私はホウレン草の方が好きだから」
「立派な中華じゃん」
 稜はレンゲを手に取り、両方の親指にはさんで『いただきます』の姿勢を取った。
「これだって、ごまかし方がうまいだけよ」
 自分もレンゲを持ち上げたものの、真樹はふと手を止めた。目の前で自分の料理を口に運ぶ稜の幸せそうな横顔を、そっと窺う。
『好きになれないっていうか、その前に最初から信じらんないのかな、人を』
 そう言って苦く笑った稜の顔が、今の彼の顔に重なる。そしてそれは、あの日店で見た彼の、曖昧な苦い笑いへと溶けて消えて行った。