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あなたが、好き。


〜34〜


 今日の撮影では、少しトラブルがあった。主役の女優がなかなか来なくて、稜のスケジュールが押してしまったのだ。まだ放送までは日があるとはいえ、次の仕事が入っている稜にとっては、この遅れは痛かった。
 カノンというこの女優は、わがままという程ではないけれど、少し癖のありそうな子だ。子役時代からずっとこの世界にいて、それなりの知名度がある。稜よりもひとつ年上だが、愛くるしい顔立ちは彼女をそれよりもずっと若く見せていた。
 今回のドラマは、この女優をメインに据え、その相手役として稜が抜擢された。番組改編時の単発物で、前編後編に分け、二夜連続の放送予定だった。
 カットの声が掛かり、カノンが稜に近づいて来た。
「本当にごめんね」
 しおらしく謝ってみせる。けれどもそれが心からのものでない事は、稜には判ってしまっていた。こちらを見下しているような視線は、前にもどこかで見覚えがあった。自分より格下だからと、人の価値を優劣だけで決め付ける目。
「いえ、気にしないで下さい。じゃあ俺、次のがあるんで」
 短く応え、稜はエレベーターホールに向かった。下で長野を待たせている。次の仕事に行かなければならないというのは、本当の話だった。先方が気に入ってくれて、一年の予定だったコマーシャルの契約が、二年に延びたのだ。撮影の準備のために、これから衣装合わせに行かなければならない。
「待って」
 カノンが呼び止めた。
「ねえ、これから何処かに行かない?」
 何を、と振り向いた視線の先には、カノンがまるでポーズを決めるような仕草で立っていた。モデルを経験してきた自分から見ても、綺麗な立ち姿だ。
「二人でふけちゃおうよ」
 小悪魔のような笑みで、近づいて来る。何と応えたらよいか判らず、稜はそれをただ黙って見ていた。
「気になってたんでしょ、私のこと」
 至近距離から稜を見上げるカノンは、どうやったら自分を一番魅力的に見せることができるのか、熟知しているようだ。一般の人なら、こんな顔で見上げられでもしたら、すっかり参ってしまうんだろうな、と稜は思った。
――真樹さんより小さいな――
 ドラマでは、まだ二人並んで立つシーンは撮影していないから、今まで気にもしていなかった。だがこうやって並べば、真樹よりも低いところに顔がある。自分は割と背が高い方だから、真樹も結構高いんだな、と、稜はこの時初めて意識した。
――征人(ゆきと)さんも大きかったからな――
 真樹の弟は自分より背が高かった。だから真樹も女の人にしては大きい方なのだろう。
 真樹に想いを馳せていたら、自分が何を言われたのか、うっかり忘れてしまうところだった。カノンの眼差しが返事を催促してくる。
「あー……っと、ごめんなさい。次の仕事行かなきゃいけないんで。ホント、すみません」
 稜は頭を下げた。そろそろ長野が痺れを切らしている頃だろう。カノンの()りが遅れたのと撮影が押したおかげで、予定時刻を二時間以上オーバーしている。
 顔を上げると、彼女はまだこちらをじっと見ていた。
「私とどうにかなりたいんじゃないの? ずっとそんな目で見てたくせに」
 カノンが直球で訊いてきた。この質問にはイエスかノーしかない。
「あの、それは……」
 稜は言い淀んだ。はっきりと拒絶してしまえば、今後の撮影に支障をきたすかも知れない。あと数回の撮影とはいえ、できればクランクアップまで波風を立てたくなかった。
「ね、いいでしょ」
 一層魅力的な笑みを浮かべたかと思うと、カノンは稜のネクタイを引っ張った。はずみで頭が下がる。彼女は躊躇うことなく、まるで飛ぶような仕草で稜の唇に自分のそれを押し付けた。
「……ね?」
 甘えるように、しなをつくる。
 一瞬、稜は何が起こったのか判らなかった。だが次の瞬間、反射的にカノンの肩を突き返していた。
「仕事に穴開けるわけにはいかないんで」
 抑揚のない声に、稜は自分でも驚いた。カノンを睨みつけているのかも知れない。
 案の定、彼女は気圧されたようだ。
「なによ……」
 だが突き返された肩の辺りを手で押さえながら、気丈にもこちらを見返してくる。
「話題作りのために誘ってあげたのに」
 少し顎先をあげ、彼女は言った。見下すような瞳には、先ほどまでの甘えた様子はない。あれは演技だったのか。そうだとしたら、大した女優だ。
「あなた気付いてなかったでしょ。写真……今、撮られたわよ」
 勢いを取り戻したのか、カノンは半身を引いて挑むように稜を見た。
「え……?」
 稜は辺りを見回してみる。だがそこには誰もいなかった。
「少し前から私について来てたの。パパラッチ。いつもドラマ()る時は来るのよ。今、写真撮って行っちゃったわ。次の号には出るんじゃないかしら。『カノンの新恋人発覚』って」
 稜が戸惑った様子なのを見て、彼女は可笑しそうに笑った。
「今までみたいに、今回も私が共演者と恋でもするんじゃないかって、張り付いてたんでしょうね」
 そう言って、もういなくなってしまったパパラッチを探すかのように、辺りを見回した。
 そういえばこのカノンという女優は、毎回ドラマで共演者した俳優と恋に堕ちることで有名だった。その裏にはこんなからくりがあったのかと、稜は納得する。これも話題作りだ。自分の出演した作品が少しでも注目を集めるようにと願っての事なのだろう。そのために自身を切り売りするような真似は、絶対に自分にはできないと思ったけれど。
『信じてるから。……稜を』
 真樹の言葉がよみがえる。
「……こんな事してて、寂しくない?」
 ふと、訊いてみたくなった。こんな事を繰り返して、何とも思わないのだろうか。
「本当に好きになった人に、誤解されるよ?」
 先輩とか後輩とか、もう関係ないと思った。人として――これは相手を裏切る行為だ。自分がもしカノンの本気の恋の相手だったなら、と考えた。
「あなたがこんな事繰り返して来たなんて知ったら、恋人は哀しむと思う」
 真樹を思った。彼女を哀しませたくない。自分なら、絶対にやらない。
 稜の言葉に、カノンが笑うのをやめた。睨むような眼差しが寄越される。
 しばらくそうやって無言の内に睨みつけ、やがてカノンは長く息を吐いた。そうして笑う。だがその笑みは、最初の魅力的なものでは無かったし、次に見せた嘲笑でもなかった。
「……最初は本気だったのよ」
 視線を脇に流す。どこか自嘲めいたその仕草は、今まで彼女が積み重ねて来た嘘の恋を、本当は悔いているのだと言っているようだ。
「最初のドラマで、相手の俳優さんと本気で恋に堕ちた。でも……」
 首を傾げて気だるそうにした後、ふわりと視線を宙に漂わせた。
「でも女優は恋なんかしちゃいけないって、別れさせられた。どうせ本気で恋しても叶わないなら、逆にその恋を利用してのし上がって行こうと思ったのよ」
 ふわふわと頼りなく漂った視線が、やがて稜の顔の上に留まった。眉根を上げて、「だったら、どうだと言うの?」とでも言いたげにこちらを見据える。
「行きなさいよ。次の仕事、あるんでしょ」
 そう言うと、カノンはくるりと背を向けて、エレベーターホールとは反対の方向に歩き出した。


 随分と時間を取られてしまった。次の衣装合わせが終わったのは、結局もうすぐで日付が変わるという頃だった。
「お疲れさん。今日は大変だったね」
 労ってくれる長野も、今日は一日中自分に付き合ってくれていた。彼女だって今日は大変だったはずだ。
「長野さんも、お疲れ様でした」
 稜はペコリと頭を下げた。
「あらあ。明日は雨だね」
 ふざけて少し仰け反るような仕草をして、長野は、はははと笑った。
 長野の笑う顔を見ながら、稜は良心が痛むのを感じた。今から自分は長野や社長、それに今まで関わってくれた事務所側の人間を裏切ろうとしている。でももう決めたことだ。カノンに張り付いていたパパラッチに写真を撮られてしまった以上、もうぐずぐすしているわけにはいかない。あちらの記事を先に載せられてしまったら困るのだ。
「大雨にでもなったら、明日の仕事は休みですか?」
 勢いをつけようと、冗談の一つも言ってみる。
「無理無理。大雨でも雷でも仕事はあるよ」
「じゃあ帰って寝ます。おやすみなさい」
「おやすみー」
 稜はもう一度頭を下げた。


 帰りながらそっと後ろを確認すると、いつものパパラッチが今日も付いて来るようだ。決行するなら、今日しかないと思った。
 稜は自分の家には向かわず、真樹の家に向かって車を走らせた。
 メゾネット・タイプのアパートが見えて来た。バックミラーで確認すると、離れた所を車がついて来る。稜はわざと判りやすい所に車を停めた。
「俺、稜。入れてー」
『今開けるわね』
 インターフォンを押すと、すぐに応えがあった。真樹はまだ寝ていなかったらしい。
 そんなに待たずに鍵が二つ、開錠された。ドアが開く。今日の真樹は少し洒落た部屋着を着ていた。これなら大丈夫……短い間にそこまで考えている自分を、稜は可笑しいと思った。
 もう後戻りできない。既にパパラッチは写真を撮り始めているだろう。不安だけれど、これしか方法がなかったんだと自分に言い聞かせる。
「逢いたかった」
 そう言って、真樹を抱き寄せた。いつもは誰かに見られないように隠れるようにして中に入る。こんな所で抱き合ったりしない。
「だめ……」
 真樹が驚いて、稜を突き返そうとした。
「離れないで」
 耳元で(ささや)く。魔法が効いたように、彼女は大人しくなった。
 瞳の中を透かし見るようにする。彼女の瞳に自分が映っているのか、暗いからよく判らない。けれど、きっとちゃんと映っているはずだ。背を屈め、彼女の唇に自分の唇を触れた。何度も、何度も優しく触れる。彼女の手が、自分の背に回されるのを感じた。
 顔の角度を変えながら、目の端で周りの様子を窺う。よい角度で撮ろうとしているのか、パパラッチがその姿を隠しもせず、道の真ん中でカメラを構えているのが見えた。
 稜はもっと見やすいように、体の角度を変えた。カメラに視線を送る。パパラッチが、驚いたような顔で、カメラを下ろしたのが見えた。いつもそうしているように、カメラのレンズを見据えて、一番綺麗な表情を作る。そうして唇の端を持ち上げて、笑って見せた。またシャッターが切られる気配がした。
 長い長いキスの後、稜はやっと真樹の唇を解放した。


「いきなり何するのよ、あんな所で」
 案の定、真樹に怒られた。家の中は暖房が効いていて暖かい。中に入ってはじめて、外が寒かったのだと実感する。
「真樹さんに逢えて、嬉しかったから」
 自分を奮い立たせるように、わざと明るく笑って見せた。
「もう……」
 真樹が苦く笑う。言葉では抗議しながらも、逢えた喜びでその顔は華がほころぶようだ。
「あのさ」
 覚悟を決めて、稜は切り出した。
「多分これから、とんでもない事になる」
 真樹の顔をじっと見つめ、稜は言った。
「……パパラッチに撮られた」
「パパラッチって……あの、週刊誌の?」
 真樹の問いに、何度も首を縦に振って見せる。彼女の顔が、驚きから次第に何かを悟ったような表情になった。
「ここんとこ、ずっと俺に張り付いてたヤツ。あなたとの事撮らせるために、わざと表でキスした」
 彼女の表情の変化を窺いながら、更に続ける。
「……ごめん」
 稜は頭を下げた。
「俺の一存で決めて、勝手にやった。だけど俺達が一緒にいるためには、必要だったんだ。一時は真樹さんを矢面に立たせることになるかも知れない。でも、こうでもしなけりゃ、何も進まないいから。無理にでも周囲に認めさせるには、この方法しかなかったんだ」
 真樹さえも騙すような形になってしまった事を、稜は詫びた。


「稜、ちょっとこっち来て」
 事務所に顔を出すと、社長から呼び出しを受けた。
――来たか――
 稜は覚悟した。そろそろあちら側から何か言って来る頃だった。
「これ、どういうこと?」
 いつものソファに座った途端、社長が一冊の写真週刊誌を取り出した。テーブルの上に置き、指先で滑らせるようにしてこちら側に押し出す。日付を見れば、明後日発売になる物だった。
「こういうの禁止だって、何度も言ったわよね?」
 彼女の声は、怒気を含んで固い。確認を促すように、何度も雑誌の表紙を指先で叩いた。
「……すみません」
 稜はただ、頭を下げるしかなかった。
「カノンとの記事は仕方ないとしても、こっちの写真。これじゃ、お友達ですなんて誤魔化せやしない……この人、前にお母様がおっしゃってた人よね」
 真樹とは、復帰前に別れたことになっていた。あれからやり直すと決めた後も、見つからないように注意してきたし、そのためにできない我慢もしてきた。
「彼女は、俺にとって必要な人なんです」
 頭を下げたまま、稜は言った。真樹が邪魔な存在なのだと言わんばかりの社長に、そうではないと説明したかった。
「彼女がいたから復帰する決心がついたんです。休業して追い詰められて、何も見えなくなっていた俺の背中を、その人が押してくれたんです」
 頭を上げる。こちらを見据える社長と、目が合った。
「彼女がいなければ、俺はこの世界に戻って来れなかったかも知れません」
 これだけは判って欲しい。真樹がくれた勇気と優しさ。護りたいもののために強くなりたいと願う自分の心を。
「許してくれとは言えません。クビだっておっしゃるなら、それも潔く受け入れるつもりです。ですから……彼女に酷い事するのだけは、勘弁して下さい」
 稜は立ち上がり、もう一度深く頭を下げた。
 沈黙がこの空間を支配する。遠くで指示を飛ばす誰かの声が、風に乗って聞こえて来た。
 何かを吹っ切るように、社長が息を吐いた。
「これから大変よ」
 そう言って、綺麗に足を組む。
「あなたは今、この事務所になくてはならないタレントなの。だからクビにはしないわ」
 社長の言葉に、稜は顔を上げた。
「しばらくは記者がつきまとうし、仕事先でも何かと言われるわね。それから二人で逢うことも、今まで以上に難しくなると思うわ」
 何かを思い出しているのか、社長は稜から視線を外した。
「……彼女と、籍を入れようと思っています」
 社長の顔をしっかり見据え、稜は言った。社長は驚いたように視線を引き戻し、稜を凝視する。しばらくそうしていたが、彼女の口から呆れたような声が漏れた。
「結婚、するの? いつ?」
「二十歳になったら、すぐにでも」
 稜の応えに、社長はすっかり度肝を抜かれてしまったようだ。呆けたような表情のまま、ただ稜を見返している。
「もう……すぐじゃない」
「はい」
 強い意志を持って、稜は応えた。
「これから、色々言う人が出てくるかも知れません。でも俺達は絶対に別れない。彼女なしの『稜』なんて有り得ないんです。だから記事が出て俺の誕生日が来たらすぐ、籍を入れてしまうつもりです。(いさぎよ)さを買ってくれる人もいるかも知れない」
「そう……」
 そう言ったきり、社長は黙ってしまった。立ち上がって窓に歩み寄ると、ブラインド越しに外の様子を眺める。ソファの前に立っている稜のところからも、深まり行く春の気配が感じられた。
 しばらくして、社長がこちらに向き直った。稜の意志を確認するかのようにその瞳を見据えると、眉根を上げて、ゆっくりと肩をすぼめた。
「あなたの評価は随分といいの。演技の評判も良かったし、仕事に対する姿勢とかね、そういう評判も良いわ。ファンの子に対してもルーズじゃないし、長い間、この手の浮いた噂もなかったしね。最近は女の子だけじゃなくてあなたをお手本にしたいっていう男の子のファンもついてるのよ」
 自分に確認するように言いながら、ソファのところまで戻って来る。疲れ切ったように座り込み、体を預けた。
「発覚と同時期に入籍ね……それぐらいの潔さは、かえってプラスのイメージになるかも知れないわ」
 天井を睨んだまま、社長は言った。そうして目を瞑り、片手で額を覆った。
 自分の事で、随分社長には迷惑をかけたのだと、稜は改めて認識する。申し訳ないとは思ったけれど、真樹との事を公にするためには必要な手段だったのだと、自分に言い聞かせた。
「お母様には?」
 目を瞑ったまま、社長が訊く。
「今、許してもらえるように説得しています」
「許し、もらえそう?」
 寄越された問いに応えるのを、稜は躊躇った。母親には何度か頼んでみたが、一向に許してくれる気配はなかった。このまま本当に、許しを得ないままであの家を出ることになるのだろうか。
「いえ……」
 応える声も、沈みがちになる。
「……でしょうね」
 社長も長く息を吐いた。そうして何かを決断するように体を起こすと、座り直す。
 稜もソファに腰掛けると、背筋を伸ばした。
「事務所は一切、今回の事にはノータッチだから。コメントを求められても、何も出しません」
 社長はビジネスライクな口調で言った。
「この記事の始末は、今後の仕事でつけてちょうだい」


 写真を撮られた日の翌週に発売された写真週刊誌は、すぐに売り切れになった。二つの全く相反する記事が、同じ週刊誌に載ったのだ。
『稜、年上女性と熱愛発覚!』
 大きな字体で派手にデコレーションされた見出しが躍る。
『覚悟の激写か?』
 大見出しの横に、少し抑えた字体で、小見出しがあった。
 メインの写真は、大きいものが二枚と、小さいものが五枚、連続写真で載っていた。大きいものは、身元がばれないように真樹の顔の目の辺りを黒く塗りつぶした状態で、抱き合っているものと、キスをしているものが載せられている。小さい連続写真は、稜がキスの合間にカメラ目線で綺麗に笑っているものだった。こちらの真樹は、死角になって顔が見えない。だが着ているもので、同一人物だと判別できた。添えられた記事には、稜の表情が不可解だと書いてあった。
 もう一方の記事は、当て馬のような扱いだった。
『カノンの今度のお相手は?』
 そこには稜のネクタイを引っ張るようにして口付けるカノンの写真が載っていた。少ない記事には、今までのカノンの恋の遍歴が書かれている。
 どちらが本物の恋人なのか、写真を見れば一目瞭然だった。稜の表情が違っていたし、何よりも真樹との写真のインパクトが強すぎた。
 週刊誌の発売と時を同じくして、テレビのワイドショーでもこの話題をこぞって放送した。


 朝からどの局を観ても、この話題ばかりだ。真樹はリビングの座椅子に座って、ずっとテレビを観続けていた。
 今朝、会社に電話をした。外には数人の記者が集まっていて、外に出られる状態ではなかったのだ。会社の方でも、仕事にならないだろうからしばらく休暇をとって良いと言ってくれた。どうやって調べたのか、会社の方にも数人、張り込んでいるらしい。
『この写真を見ると、彼はこちらを向いていますよね。笑っているようにも見えますが』
 キャスターが二人、週刊誌の写真を拡大したものをフリップにして説明している。
『そうですね、これは完全に笑っていますね。彼はパパラッチに追いかけられていた事を知っているようでした。それがこの女性のアパートに着いた途端こんなシーンだなんて、どう考えても不自然ですよ』
 二人の写真のアップが画面に映る。真樹は顔から火が出る思いだった。朝から何回も観せられたけれど、いまだに慣れない。写真の中の二人はものすごく幸せそうで、そして扇情的だった。
「やだ、何て顔してるのよ」
 写真の中の自分にツッコミを入れてみる。もう何度そうした事だろう。
『関係者の話によると、彼には今まで全くこういった噂が無かったそうですが、いきなりこんな風にお披露目というのはどういう意図があるんでしょう』
 画面はまた、キャスター二人の画になった。
『事務所から何も発表が無いということから推測すると、これは強行突破だったのではないかと思われます』
『強行突破ですか』
『こういった熱愛報道については、普通、所属事務所はあまり認めたがりませんからね』
『仕事が減るとか、イメージダウンだとか、そういう影響を懸念しているんですよね』
『そうですね。でも彼の場合、最近の仕事を見ていると実力もあるという評判ですから、そうとばかりも言えないんじゃないでしょうか』
 最近出演したドラマやコマーシャルなど、稜の仕事の詳細を貼り付けた別のフリップが映し出される。それを観て、自分が知らなかった仕事もたくさんあったんだな、と真樹は思った。逢えない間にも、確実に彼は力をつけ、タレントとしての地盤固めをして来たのだ。可能性は減るばかりか、どんどん広がっているように感じる。
『お相手の女性はIT企業にお勤めのMさんという方で、Mさんは彼よりも八つ年上の女性です』
『八つもですか』
 キャスターが驚いてみせる。演技なのか、本当に驚いているのかは、素人の真樹には判断できない。
「違います、九つですよー」
 伝えられた数字が違うのを、自分で上方修正した。
『彼が今年二十歳ですからこちらの女性が二十八歳という事に……』
 ワイドショーは続いていたが、朝からどこも似たり寄ったりの報道だ。真樹はいい加減飽き飽きして、リモコンの電源ボタンを押した。