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玻璃の橋板


〜二十一〜


 急ぎ城に戻り、シエナとアーベルは宰相のもとに向かった。
 既に夕刻も過ぎて城内には夜の闇が迫っていた。
 だがそれに構ってはいられない。人払いをした部屋の中、キシナの書付けを見せて全てを告げる。
「やはり、毒を飲んだのですか」
 宰相は腕を組み、顔を俯けて考え込んでしまった。
 妾妃キシナは、産褥熱によって命を散らしたという薬師の診立てであった。確かにルベル皇子を産み落とした後、急激に熱をもった身体は、火のように熱かったという。
 ちょうど前任の薬師が急逝した後で、後任になる者をジェイドの流れを汲む薬師の中から探している最中であった。急場のしのぎとして迎えた薬師は、薬に長けたジェイドの末裔ではなかったのだ。
 ジェイドの者ならば、あらゆる薬の知識を持っている。妾妃の熱も、毒によるものかどうか、突き止めることもできたであろう。そして、毒であったと判ったならば、それを解毒する方法もあったかも知れない。
 だがその時は、産褥熱と言われれば、それで納得するより他、手立てがなかった。それよりも、ふと漏れ聞いた妾妃の言葉と、シエナの双子の兄皇子が亡くなったことに対処する方が先決だったのである。
 全てが慌しく動いていた中で、折悪しくいろいろな事柄が重なってしまった。
 今思えば、それがシエナの運命を変えてしまったのだ。
 宰相は椅子から下りると、シエナに向かって片膝をつく。
「長きに渡ってその身に秘密を負わせてしまいましたこと……深くお詫び致します」
 静かな声でそう言うと、深々と頭を垂れた。
 それを受けるシエナは、言葉もなく眉根を寄せたまま、ただ小さく頷いただけであった。
 全てがあの時から始まっていたのだ。宰相がとった策も、やむを得ないものだったと理解もしているつもりだ。
 今、その(かせ)が外されようとしている。
 宰相が顔を上げた。
 シエナは初めて宰相と向き合った。いつも逸らしてばかりいた視線をしっかりと彼の瞳に据え、その眼差しを受け留める。いつも側近の者にしているように、宰相に向かって微笑みかけようとした。
 だが長い間そうして来なかったシエナにとって、それは随分難しいことだった。
「わたしにお気遣いなど、なさらなくてもよろしいのですよ」
 宰相はそんなシエナの様子を見て、父親のように穏やかな口調で応えた。その口元に微かに浮かんだ笑みは、こちらの心の中まで見通しているようだ。
 シエナは笑む代わりに睫毛を伏せ、再び小さく頷いた。
 長い時を経て、二人の間に凍り付いていたわだかまりが、ほんの少しずつではあるが溶け出したのを感じることができた。
「これからのシエナ様の身の処し方についてですが……」
 アーベルが口を挟んだ。
「ルベル様が王の御子ではないと判った今、一刻も早くシエナ様を皇女として披露目する手筈を整えませんと……」
 シエナは、はっとしてアーベルを見た。
 シエナを皇女として披露目するということは、リオドールとの戦を始めるということである。レミアを『妃』として差し出したリオドールにとって、相手の皇子が実は皇女であったと知れば、愚弄されたのだと思うことだろう。
 ――たとえそれが、偽りの『妃』であったのだとしても。
 戦になる。
 シエナは大きく息を吸った。
「戦は仕掛けられるよりも仕掛けた方が()が良い」
 きっぱりとした声で、それに応じた。
 いつか来るとは思っていた。その覚悟もできていた。失うものは、シエナにとっては魂の半分を引き千切られる程、大きなものだ。
 レミア――いや、ラウナ皇子。
 その穏やかな笑みが、凜と引き結んだ唇が、優しく見つめる眼差しが、あたかも彼が今そこに居るかのように鮮やかに蘇り……シエナの心に声にならない悲鳴を上げさせる。だがこの身は、シエナ自身である前に、この国の皇子である。自分の想いだけで、国勢をも揺るがす決断を間違えるわけにはいかない。
 シエナは唇を引き結び、瞳に鋭い光を宿す。そうして今一度、傍の二人の顔を交互に見やった。
「……だが、口実がない」
 足を組み替えて、シエナは宙を睨んだ。
 今、こちらからリオドールに戦いを挑む口実にできるのは、たった一つだけ。レミア皇女が実はラウナ皇子であったということのみである。
 だがそれを白日のもとにさらしてしまうことは、彼の命をシエナ自身が取ることとなってしまう。それだけは避けたかった。
 そんな様子に、宰相も気付いたのであろう。椅子にかけなおすと、シエナに向かって諭すように言う。
「何も、そう急ぐことはありません」
「ですが、父上!」
 アーベルがそれにすぐさま、言葉を返す。その瞳はいつものように何物にも染まらぬ漆黒であったが、その奥底には冷徹な光が見え隠れする。何もかもを見切って心を閉ざしてしまう直前の、最後の煌きのような剣呑さを見てとり、宰相が眉をひそめる。
「……急ぐな、アーベル」
 一語ずつゆっくりと息を吐くように言うと、息子の眼を見据える。
「わたしがこんな事を言うのも何だが、シエナ様の気持ちもお察ししろ。そんな事では、側近は務まらんぞ。例えおまえが一連の事柄にどのような感情を抱いていようとも、それはこの場に持ち込むことではない」
 厳しい口調でたしなめた。そうして、シエナに向き直る。
「こんな日も来るであろうと、わたしは種を蒔いておきました。数日の内に芽が出るのではないかと思われます」
 意味ありげに宰相は言った。
「種……?」
「隣国カルドラルは、我が国に好意的な国です。ペリエルへの進軍の際も、協力を惜しみませんでした。そのカルドラルとリオドールが今、ちょっとした小競り合いになっていることはご存知でしょう?」
「……ええ、知っています」
 シエナは数ヶ月前に、そんな報告を受けたことを思い出した。
 それはどこにでもある国境問題だった。カルドラルにはリオドールとの国境の一部に、広い沼地がある。そこを開拓できるようにリオドールが支援してやると言い出したのである。見返りは、その後そこで収穫される穀物の一割を……ということだった。
 だが好意的に見せておいて、全ての事業が終わった後、リオドールはその言い分を翻した。支援してやった代わりに、沼地の半分を寄越せと言い出したのである。その事業で何人もの優秀な技術者が亡くなった見返りを寄越せと言うのが、リオドールの言い分だった。
 おそらくそれは、最初から仕組まれたことだったのであろう。そこは最もカーネリアに近い国境線である。カルドラルが沼地の半分を渡してしまえば、カーネリア国に攻め込み易くなることは明白である。リオドール国王のやり方は、このところ目に余るものがあった。
「あとはカルドラルが我が国に援軍を求めてくれば……リオドールと事を構える、立派な口実になるのではありませんか?」
「何をしたのです?」
「もともとカルドラルのあの辺りの土地は、何代か前の国王の御代(みよ)に我が国の領地を譲ったもの。リオドールの侵略によって分断されていたあの国の領地を結ぶ部分を譲ってやったわけです。まあ、こちらとしてもリオドールと接していた部分をカルドラルに譲ることによって、直に攻め込まれるのを阻止したかったわけですが……そうやって我が国が土地を譲らなければ、徐々にリオドールに侵略されていたカルドラルは、国として成り立ってはいけなかったのも事実です。いわば我が国のおかげで国の体裁が保てているのだから、その領地内のどんな小さな石ころ一つにしても、我が国の許しがなくては他国に譲渡できるものではないのだと……カルドラルに古文書の写し付きで圧力をかけておきました」
 なるほど、それではどうあってもリオドールに領地をやるわけにはいくまい。もしリオドールに屈して領地を譲ってしまえば、今度はカーネリアと事を構えなくてはならなくなる。それならば、カーネリアの援軍を頼んで、リオドールと戦う方が、道理に合うというものだ。
「抜け目なく事を運ぶのですね」
 シエナはこの宰相が我が国の重臣で良かったと、心底思った。敵にまわしていたならば、こちらが考えもつかないような手を、ずっと先々からこちらの動きを読んで打ってくるに違いない。
「この国に必要であると断じたなら、どんなことでも」
 宰相は、軽く頭を垂れながらも、不敵に笑んでみせた。
 だから、シエナの件もこれ以上謝ることはしないと、その瞳は告げていた。この国に必要だと思ったから、そうしたのだと。
 それで良いと、シエナは思った。
 妾妃キシナの秘密が知れてルベル皇子の出自も判り、シエナは次代の女王となる。
 皇子として生きて来なければ、レミアと出逢うこともなかった。最初から皇女として生きていれば、レミアを王婿(おうせい)として迎えることができたかと言えば……それも無理な話であろう。この国で死ぬ為にレミアを輿入れさせるようなリオドール国王のこと。それほどまでに疎んじている皇子を、わざわざ強国カーネリアの女王の伴侶に差出して、幸せにするような真似はすまい。
 だから、良かったのだと。
 全て、これで良かったのだと……シエナはやり切れない苦さを噛み締めつつも、そう思った。


 後宮の建物に丸く取り囲まれるようにして、閨は建てられていた。閨の蔀戸(しとみど)から覗けば、回廊を行く妃の姿が見える。
 シエナはレミアが女官に前後を護られてこちらに向かってくるのを確認すると、蔀戸を下げた。
 ほどなく扉が軽く叩かれ、レミアが入って来る。後ろで女官が扉を閉めてしまえば、そこはもう二人だけの場所だった。
 何も言わず、シエナは愛しい人に縋りついた。首に腕を回しその胸に顔を埋める。夜着に焚き染めた香が、優しく鼻腔をくすぐった。
「あなたを護ると、私は言った」
 顔を埋めたまま、シエナは言った。声がこもって、よく響かない。それでもレミアは、何、と問い返すことはしなかった。
「この国に在る限りあなたを護ると、私は言った。なのに……」
 大きくついた息が、少し震えている。シエナは自分の頬が濡れているのに気付いた。
「……リオドールと、戦になる」
 そう言って、尚一層、レミアの身体を強く抱き締めた。玩具を取られまいとする幼子のように、シエナはいつまでもレミアを離さなかった。
「そうか……」
 短くそれに応え、レミアも愛しい人の身体を抱き締めた。少しばかり身をかがめ、シエナの頬を伝う涙を自らの唇で受け留める。彼女の涙は、玻璃の珠のように綺麗だと思った。
「戦を終えたら、私は皇女に戻り、いずれこの国の女王となる……。でもその時私の隣に、あなたはいない」
 愛を知って、強くなった。
 だが愛を知って、こんなにも(もろ)くなってしまった。
 レミアを失って、どうやって一人で生きていけと言うのだ。宰相やアーベルの前ではずっと堪えていた感情が、レミアの顔を見た途端に、溢れ、弾け……自分ではどうにもならないほど、胸の中で渦巻いている。苦しくて、切なくて、身を斬られるように辛い。
 まだ先の話だと思っていた。
 今朝起きた時は、いつもと変わりない一日が過ぎるのだと思っていたのに。
 妾妃キシナの生家を捜索し、ルベルの出自を知り、リオドールとの戦を確信し……一日の内にいろいろな事が有り過ぎて、シエナの心はもう、悲鳴を上げることすらできなかった。
「心が……痛い、レミア……。立っていられないんだ、一人では、もう……」
 押し殺した声で、シエナは泣いた。もう皇子であると偽らなくても良いのだという安堵と、それを凌駕する程の哀しみと。
 自分でもわけのわからない感情が、シエナに声を上げさせた。
「泣きたいのなら、泣けばいい」
 レミアの手が背を撫でる。いたわるようにゆっくりとシエナの背を行き来していた。本当に泣きたいのは、レミアの方かも知れないのに。
 合間に優しい口付けが降る。額に、瞼に、頬に、唇に……。
 優しく撫でられ、口付けを受け……シエナは次第に落ち着きを取り戻す。
「取り乱してしまって、すまない。私はそれでもあなたを護るから。私にできる精一杯のことを、していくつもりだから」
 シエナの言葉に、レミアは黙って頷いた。それは信頼の証。
「あなたの皇女姿は、さぞや美しいのだろうね」
 レミアはそう言って、シエナの髪を結い上げている飾り紐に指を掛けた。端を持って引くと、するりと解ける。艶やかな漆黒の髪が、シエナの背にばさりと落ちた。
「ふふ……あなたの、皇女の顔だ」
 鮮やかに、レミアが微笑んだ。
 嬉しそうに、楽しそうに、そして、愛しそうに。
「こんな時に、何を……」
「もっとよく、顔を見せて」
 険しくなったシエナの瞳に、レミアの口付けが降る。
「戦は、数日の後に始まるのだろう? わたしにあなたの顔をもっと良く見せて欲しい」
 シエナの頬に、レミアの両手がそっと添えられる。
「わたしは、あなたを忘れない。例えこの身は離ればなれになってしまっても、決してあなたを忘れないから」
 穏やかに、レミアの赤い唇が言葉を紡ぐ。それは心に染み込むようで、けれどもとても哀しくて。
 シエナの瞳から新たな雫が零れる。それをレミアの指がそっと拭った。
「美しい皇女だ。遠く北の国には、雪に棲む美しい魔性がいると言われている。透き通るような白い肌に夜を想わせる黒い髪で、人を惑わす。一年を通して雪に閉ざされた深い山の中で、魔性に魅入られた者は眠るように生命を落とすという」
 レミアはそこで言葉を切り、ふ……と、小さく笑った。
「あなたが魔性だったなら良かったのに。あなたの手にかかって逝けるなら、どんなに幸せか」
 それは、ふと漏れた本当の気持ちだった。おそらくこの身は、誰かの手にかかるのだろう。リオドールの者か、カーネリアの者か。いずれにせよ、戦の時がシエナとの今生(こんじょう)の別れとなるのだ。それならば、愛しい人の手にかかって逝きたい。
「やめて……そんな……あなたの口からそのような言葉、聞きたくない」
 シエナは頬に添えられたレミアの手に、指先で触れた。それはまだとても温かくて、血の通った人の手である。いつかこの手が冷たくなってしまうことを考えると、シエナの身体はどうしようもなく震えた。
「あなたを怖がらせてしまった。すまない」
 震える身体を再び抱き締め、レミアは鮮やかに微笑んだ。それはまるで枯れると知った上で最期の瞬間に(あで)やかに咲き誇る大輪の花のようで、シエナは眉根を寄せ、彼の笑みから顔を背けた。
「いつかはこうなると、覚悟していた。戦となれば、このままではいられないことも……」
 レミアの言葉は、吐息と混じり合って消えていく。
「あなたとわたしが徒人(ただびと)として巡り会うことは無かったのだから、こうやってこの腕の中にあなたを抱けるだけでも良しとしなければ」
 身体に回される腕の力が強くなる。
「戦は避けられぬもの。わたしの祖国とこの国とは、もともと相容(あいい)れないものがあったのだ。その中で……例えひと時であっても、あなたを愛することができて良かった。願わくば、もう少し戦になるのが遅ければと……」
 そこまで言いかけ、レミアの声色が変わる。
「戦……か」
 レミアがその瞳から笑みを消した。
「聞いて欲しい、シエナ」
 背けた頬に手が添えられる。シエナはゆっくりと、涙に濡れた顔を上げた。
「わたしを、戦に連れて行ってくれないか」
 レミアの申し出はあまりにも突然で、シエナはただ、目の前の美貌を見つめる。
「もし捕らえられたなら、敵国の王族は皆、殺されるのだろう?」
 カーネリアの戦いは、近隣諸国の中でも最も冷徹なものだ。もともとが一大強国として在った国。恨みを買い、後の火種とならぬよう、その昔は戦の後、全ての王族の血が流されたのだという。それが代々この国の王の冷徹さとして伝えられてもいるのである。
「その時の戦況にもよるけれど……」
 そんな戦ばかりではなかったと、カーネリアの歴史書は伝えている。だがこの国に伝わっているものと、近隣諸国から見たこの国の評判とは、また違ったものとなっているらしい。
「国王の妃はどうなる?」
「それは……その腹に王の種を宿していないとは言い切れない。疑わしい血筋は、全て排除される。妃の運命は、国王と共にある」
 後に産み落とされた王の子が、亡き父の仇とばかりにこの国に向かって兵を挙げないとも言い切れない。滅ぼした国の直系の血筋は、残しておくわけにはいかない。
「わたしはリオドールの地形も兵の動かし方も、心得ている。祖国にいる頃は、それなりに軍学も学んでいた。わたしが共に行けば、カーネリアの助けになれると思う。その代わり……」
 レミアは遠くを見やるように瞳を彷徨わす。
「その代わり、もしカーネリアが勝利した暁には、妾妃様の命だけは助けて欲しい」
 少しばかり小さな声で。本当のレミア皇女の生母である妾妃を、助けて欲しいと。
「妾妃様は、異母姉を産み落としてから、子のできぬ身体となったと聞いている。ならば、リオドール国王の種を宿していることもない。後々の争いの火種となることもないだろう」
 リオドールの王室には、国王、兄皇子、そして妾妃の三人がいる。国王と兄皇子は、戦となれば真っ先に命のやりとりの対象となろう。だが妾妃だけは助けて欲しい。母とも思っていた妾妃を、この手で助けてやりたかった。
「あなたは? 戦場にいれば、それをいいことにあなたを狙う者がいるかも知れない。軍部の者の中にはいなくても、傭兵の中にはリオドールを快く思っていない者がいるかも知れない。その者達に、機会を与えてやることになってしまったら……」
「どのみちわたしは二度と、この国に戻って来られる見込みはない」
 (うれ)うシエナに、レミアは小さな声で、だがきっぱりと言った。
 愛しい人の口から改めてはっきりと突きつけられた事実に、シエナの身体が凍りつく。
「戦場に赴けば……機会あらば、わたしは落ち延びることもできよう。だがこの後宮に囚われたままでは、いずれにせよわたしの生きる道はない」
 それもそうであった。リオドールに命を狙われたことで、レミアが祖国に寝返ることはないと、重臣達は承知している。だがいずれ、レミアがラウナであることが判った時に、皆がどう思うか。おそらくそこに何らかの意図があったのだと勘繰られても申し開きはできない。そうなれば、ここだとて安全な場所ではなくなってしまうのだ。
「わたしは生きる。あなたがいる限り、決して自ら死を願ったりはしない。会得した技の全てをかけて、この身は自分で護る。そして頃合を見て、できるならば……」
 寄越される視線は真っ直ぐにシエナの心を射抜く。
「妃が戦場に赴くなど……前例がない」
 射止められてしまったように逸らすことのできない視線を無理やりに引き剥がす。
「子を産めぬ妃など、この国には必要ではないのだろう?」
 レミアが自分を揶揄(やゆ)するように、薄く笑った。
 唇を噛み締め、シエナは小さく頷いた。
 既に戦はすぐそこに迫っている。軍部はこの時に向けて入念な下準備をしてきたとはいえ、勝利するためにはどんな布石をも打っておきたい筈だ。レミアの申し出を、エルガ将軍ならば受けてくれると思われた。
「わかった。明日、重臣会議にはかってみよう」
 頷いてはみたものの……それが二人の今生の別れなのだという事実が、シエナの心に重く圧し掛かっていた。