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彼の気持ち


〜告白まで 二〜


 自分の気持ちに気付いたとはいえ、それは具体的に彼女とどうこうなろう、という程の感情でもなかった。そう。桜の季節が巡って、クラス発表を見るまでは。
 ウチの高校では始業式が終わった後、クラスが発表になる。廊下に張り出された紙を確認して、各自私物を持って教室を移動する。
「残念だな葛西。オレとオマエ、またクラス違うぞ」
 直哉が残念そうに言った。直哉はF組で、僕は……E組か。
「えーっと……」
 女子の名前に視線を走らせた僕は、一瞬我が目を疑った。
『桐生悠真』
 約一年間思いつづけた名前が、同じクラスの中にあった。
「ふっふっふ……。嬉しいだろ」
 背後から声をかけられて、思わずビクンと背中がはねる。
「なんだ直哉。まだいたのか」
「なんだとは挨拶だな。ほー。誰かさんがいればオレは必要ないってか?」
 ()ねた声で直哉が言う。
「違うって。ごめん。悪かった」
「オマエ……。手ェ出したら承知しないからな」
 直哉の眼が険しくなる。あ……。
『名倉茉由』
 彼女も僕と同じクラスなのか。
「大丈夫だって。心配するな」
 今まで眼中になかった……なんて言ったら、それはそれで禍根を残しそうなのでヤメた。


 E組の教室に入ると名簿順に席に座っていく。葛西と桐生。同じ『カ行』だから隣になれるかも。淡い期待を胸に、クラスメイトが順に座っていくのを眺めていた。う。残念。女子の方が進みが早い。
 結局、僕は桐生さんの一つ斜め後になった。
 席について私物を机の中に入れる。担任が入ってきて、黒板に自分の名前を書いた。何気なくそれを見ていたが……。
 ラッキー。黒板を見ると、自然に桐生さんが視界に入る。違和感なく、彼女を見ることができるんだ。


 担任の自己紹介が終わると、生徒の自己紹介が始まる。これも名簿順。桐生さんの番になった。
「桐生悠真といいます。去年はB組でした。剣道部に所属しています。みなさん仲良くして下さい」
 よく通る、きれいな声だった。次は僕の番だ。
「去年はH組でした。葛西聖夜といいます。中学ではバスケ部でしたが、今は弓道部です。よろしくお願いします」
 僕が席に座ると、ざわざわとクラスの中がざわめいた。いつもの新学期と同じ。僕がどんなヤツか知らないのに、見た目だけで騒ぐんだ。今年も目立たないようにしてなきゃ……。
 なんだか僕は憂鬱になった。


「あの……さ。葛西くん成績いいでしょ。ここわからないから教えてくれないかな」
 始業式から一ヶ月。同じクラスの女子が二人連れで、僕の席に近づいて来る。
「あ。私、あっちに行くからここの席座っていいよ」
 桐生さんが女子に向かって言った。
 おいおい……。そりゃ、ないだろ。
 心の中で滝涙を流しながら、僕は彼女たちのわからない所とやらを教えた。


 桐生さんは……といえば、名倉さんの席で何やら話をしている。
 いっつもあの二人はくっついてる気がするな。他に二、三人仲間が増えることがあっても必ずどちらかが欠けることはない。ホントに仲がいいんだな。
 一年生の時と違って、今はいつも彼女の姿を見ることができる。彼女の様子を見るたびに、僕はどんどん惹かれていった。
 他の子と違って、自分の表面だけ飾ったりしない。部活も一生懸命だし、何に取り組む時でもホントに一生懸命だった。
 彼女をいつも身近に見られて、それはそれで嬉しかった。でも僕の中に、もう一つの感情――彼女を自分のモノにしたい――という気持ちが芽生えていた。
 僕だけを見て、僕だけに話かけて、僕だけに微笑んで……。
 こんなに自分が独占欲のカタマリだったとは思わなかった。他の男子が彼女に話しかけるだけで、知らず知らず僕は拳を握ってしまう。
 彼女に関することだけは、いつものポーカーフェイスができなかった。


「そりゃあ、当たり前の感情だろ」
 学食でいつもの日替わりランチをパクつきながら、直哉が言った。
「好きなヤツを独り占めしたい、なんて自然な感情じゃん」
「そうかな」
 僕も日替わりランチをとったが、なかなか箸が進まない。
「要らないなら、オレがもらうぞ」
 直哉が向かいの席から箸を伸ばした。
『バシッ』
 ヤツの攻撃をチョップで防いで、僕はため息をついた。
「オマエの方はどうなんだよ」
 直哉は名倉さんを好きだと言っていた。最近ヤツの口から名倉さんの名前が出てこない。心変わりしたのか? 僕は少し気になっていたんだ。
 直哉の箸が止まる。
「?」
 不審に思って、ヤツの顔を見た。
「……フラれた」
 思いっきり落ち込んだ声で、直哉は言った。
「え? フラれたって……オマエ告白したのか?」
 思わず声がデカくなる。
「バカやろう。そんな大声出すな」
 直哉が恨めしそうに、僕を見た。
「オマエ、また地雷踏んだな」
 向かいの席から箸が風のようにヒュッと伸びたと思ったら、僕のエビフライが一個かっさらわれた。
「あっ!」
 ヤツのを取り返してやろうと思ったが、ガックリと肩を落として僕のエビフライをくわえる直哉を見て、なんだか可哀相になってきた。
「いいよ、悪かった。それやるから。でもオマエ勇気あるな。いつコクったんだ?」
「先週。クラスも離れちまったし言うだけ言っとかないと……と思ってさ」
そして直哉は、自嘲気味にため息をついた。
「オレ、オマエみたいに何でもできるタイプじゃないし……。気持ち伝えてすっきりした。でもまだまだ諦めないけどな」
 そう言うとニッと笑顔を作り、親指を立てて見せた。タフなヤツ。
 そっかー。僕が知らなかっただけで直哉はちゃんと自分の気持ち伝える努力してたんだ。僕だってウジウジしてらんない。なんとか……彼女に気持ちだけでも伝えるぞ。
 ……と決心したはいいが、その方法は……と考えると、ハタと思考回路がフリーズしてしまった。


 高校生活二度目の夏休みも過ぎた。
 春のあの日、告白するぞと決心を固めたまではいいが、なかなかできないでいた。というより……。
 僕はそれなりに努力した。部活の朝練が終わったら、下駄箱付近でウロウロして桐生さんが来るのを待っていたりもした。時間を合わせて、なんとか話すキッカケを作りたかったんだ。でも……。
 剣道部の朝練は、始業時間ギリギリまでやっている。彼女は、ダダーッと走ってきて、ダダーッと教室に入ってしまうんだ。しかも名倉さんと一緒だから、二人でいつも何か話をしていて僕の事なんてまるで目に入っていない。
 正直、僕の事をこれ程まで気に留めてくれない女子というのも珍しい。顔だけで選ばれるのはゴメンだけど、彼女にだけは顔だけでもイイから認めて欲しい気分になった。


 僕の悶々とした気持ちとは裏腹に、夏服から冬の制服へと衣替えの季節を迎えた。白っぽかった教室もダークな色合いになる。落ち着いた雰囲気……といったところか。


 今日は何度目かの席替えの日。クジで決めるのだが……。僕と桐生さんとはずい分離れたところになってしまった。最悪。このまま三年生になって、クラスが離れて……。そしたら、彼女と僕との接点は何も無くなってしまう。考えれば考えるほど、落ち込む材料は増えるばかりだった。


 昼休み。直哉は珍しく風邪をひいたとかで欠席していた。学食で他のヤツらといつもの日替わりランチを食べ終えたのだが、どうも席替えから気分がもやもやして晴れない。直哉がいてくれたら話ができるのだが、他のヤツらには僕の気持ちなんて言ってないからそれも無理だ。
「悪い。なんか気分が良くないから風に当たってくるワ」
 そう言って、僕は一人で学食を出た。


「葛西くん」
 学食を出たところで誰かが僕を呼び止めた。振り返ると、そこにいたのは女子。一人だ。バッジの色を見ると、僕と同じ二年生だとわかる。
「話があるんだけど……。ちょっといい?」
 思い詰めた表情。大体察しはつくけど……。
「ああ」
 僕は短く返事をして、彼女の後について行った。


 滅多に人が来なさそうな植え込みの陰まで来て、ようやく彼女は歩を止めた。見たことがあるような無いような……。え……と誰だったっけ? あ、そうだ。隣のクラスの子。申し訳ないけど、名前まではわからない。
「葛西くん。あのね……」
 大体察しがついているとはいえ、ちゃんと話は聞く。でなきゃ失礼だ。
「私ね、葛西くんの事、好きなの」
 彼女は言いにくそうに足元を見つめながら一生懸命言葉を繋ぐ。
「一年生の時からね、ずっと……葛西くんのことが好きだったの」
 彼女は僕を見ない。そりゃ、そうだよな。告白なんて、すごく勇気のいる事だ。男の僕だってこんな勇気ない。だから悶々と悩んでいるんだ。
 だけど……何と言葉をかけてあげたらいいんだろう。彼女の想いは今の僕には痛い程わかる。でも応えてあげられない。今の僕には……。
 しばらくの沈黙の後、僕は重い口を開いた。
「僕にはずっと好きな人がいるんだ」
 下を向いている彼女の表情は見えない。
「ごめん……」
 僕も地面を見つめながら、やっとそれだけを言った。彼女に投げかけた言葉がそのまま僕に返って来る。僕の想いもこうやって玉砕するのだろうか。
「その人に、葛西くんの気持ちは伝えたの?」
 彼女が聞く。僕はハッと顔を上げた。彼女と視線がぶつかる。瞳を覗き込まれて、僕はなんだか自分の弱っちい心を見透かされたような気がした。
『私にできる事が、どうしてあなたにできないの』
 彼女の瞳はそう言っているように思えた。僕はふっと笑った。なんだかフッ切れた気がする。
「まだだ。でもいつか伝えるよ。今日の君みたいに……。君には勇気をもらったね。ありがとう」
 ドラマみたいなセリフだな、と思いながらそう言った。


 今度は春の時のように逃げるワケにはいかない。あの彼女――後で中西さんという子だとわかった――でさえ、ありったけの勇気を振り絞って、僕に告白してくれたんだ。彼女にもらった勇気を無駄にするワケにはいかない。
 取り合えず……。ふとペンケースの中のシャープが目に留まった。入学祝いにおじさんからもらったヤツだ。僕の名前『聖夜』の『S』の字が彫られている。金色で、なかなかシャレた物だ。
 昼休みの最後のほう、あと一分で授業が始まるという時に、僕はさりげなく桐生さんの机の上にそのシャープを置いた。誰かに見られるかと思ったけど、幸い誰にも気付かれなかった。授業開始のチャイムが鳴る。この時間は替えのシャープを使えばいい。このクラスに『S』から始まる名前のヤツはいない。桐生さんは気付いて返しに来てくれるだろうか。そうしたら話をして、そして……。この授業は緊張と期待で、全く身が入らなかった。


 次の放課。
 おかしい。桐生さんがシャープを返しにくる気配は無い。いつもと同じように、名倉さんと楽しく話なんかしちゃってる。気になって仕方ない。何気ないふうを装って、彼女の席に近づいた。
 あれ? 無いぞ。あたりを見回すと……。
『ガーン』
 ホントにそんな音が僕の頭の中でこだました。持っていたんだ。僕のシャープ。彼女の前の席の沢田ってヤツが! あいつの手に渡っていたとは……。沢田はネームとか気にするヤツじゃない。
「もうあのシャープは戻って来ないだろうな」
 僕は桐生さんに気付いてもらえなかったショックと大事なシャープを無くしたショックで、しばらく立ち直れなかった。


「葛西、知ってるか? あのウワサ」
 学食で日替わりランチを食べ終わった後、自動サーバーのお茶を飲みながら直哉が言った。
「ウワサ? どんな?」
 噂話か。どうせロクな話じゃないだろうけど。大して期待もせずに僕は聞き返した。
「それがさ、くくくっ……」
 言いかけて直哉は含み笑いをする。
「なんだよ。気持ち悪りィな。はっきり言えよ」
 僕もサーバーのお茶を紙コップに注いだ。
「おまえ、やっぱりモテるんだな。ウチのクラスの中西がオマエの事好きなんだって?」
『ぶっ』
 僕は盛大にお茶を吹いてしまった。
「な……なんで? どこからそんなウワサ……」
 こぼしたお茶をハンカチで拭きながら、僕は直哉の顔を見る。ヤツはニヤニヤ笑いながら僕を見ていた。
「オマエ、コクられただろ。中西に」
「はぁ?」
 どーして知ってるんだ。僕は誰にも言ってないぞ。直哉、オマエにさえだ。中西さん自身がそんな事言いふらすわけないだろうし……。
「このウワサ言いふらしてるヤツがいるんだよ。こないだオレが休んだ日に、中西がオマエにコクってる所に偶然通りかかったんだとよ」
 直哉は、ぐっと顔を近づけてさらに言った。
「大丈夫だ。これ以上言いふらさないようにヤツには、五寸釘刺しといてやったから」
 そう言うと、直哉はニッと笑って親指を立てて見せた。五寸釘って、オマエ……。
「言いふらしてたヤツの名前は言えない。オマエが仕返しするとは考えられんが、そいつもオレの知り合いだ。 すまんが、こらえてやってくれ」
 直哉はゲーム好きで軽い所もあるけど、結構義理堅いんだ。コイツと友達でホントに良かったと思ってる。
「ああ。わかった。サンキューな」
 僕もニッと笑った。


「でも……」
 僕はふと考えた。
「中西さん、傷つくだろうな」
 勇気を振り絞って告白してくれたのにその代償がコレか。なんだか、彼女に申し訳ない気がして来た。
「ウワサなんて、その内に消えるさ」
 直哉は紙コップをくしゃっと丸めた。
「オマエも気にするな」
 そう言って、丸めた紙コップをくずかごに投げた。