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彼の気持ち


〜通じた想い 一〜


 今日は球技大会。僕は昔とったナントヤラでバスケに出場することになっている。試合が行われる体育館で対戦相手を決めるクジ引きをする。
「やりっ! 一回戦目、不戦勝だ!」
 ウチのクラスの級長が端っこに赤丸のついた紙を持って走ってきた。
 ふーん。じゃあ少し位、桐生さんの出るテニスを見てきてもいいよな。体育館を出ようとした所で、後から羽交い絞めにされた。
「わっ! 何すんだ! ……てめ、直哉だな?」
「残念! 当たりぃ」
 背中越しに直哉が顔を覗かせる。
「なんだよ、その『残念、当たり』ってのは。ピンポーンとか言うんじゃないのか?」
「オレが残念なの!」
 さよか…。
「で、葛西はなんで体育館を出て行くのかなぁ?」
 意味深な笑いを浮かべて直哉が聞く。
「僕たち不戦勝だから。テニスでも見てこようかと思ってさ」
 そこまで言ったら、また羽交い絞めにされた。
「……ったっ! 何やってんだ。二回も羽交い絞めにすんな!」
「オマエ、桐生名倉の試合見に行くんだろう」
 恨めしそうな声。
「よくご存知で。じゃ」
 さっさと行こうとしたら、ジャージの背中を掴まれた。
「……オレ、一回戦から試合あるんだよ。いーよな、オマエは。ラブラブだしよぉ」
 ……泣きまねまでしてる。この芸達者が。僕はため息をついた。
「ラブラブってワケじゃないよ。こないだもそれハッキリ言われたばっかり」
 この間の電車の中でのやりとりを思い出した。
『葛西くんを男としてみていないんだと思う』
 後から考えたら、ちょっと落ち込むセリフだ。まぁ、以前よりは進展してる……と言えないこともないと思うが。
「F組Aチームの選手の人は集まって下さーい」
 進行係の声がする。
「ほら、とっとと行けよ」
 直哉を追い立てるようにすると、僕は体育館を後にした。


 そのままテニスコートに向かう。バックネット越しに桐生さんと名倉さんが見えた。
「桐生さん」
 金網越しに声を掛けると、彼女が振り向いた。
「あれぇ。葛西くん」
 彼女はラケットを持ったまま、バックネットに駆け寄って来た。
「バスケの試合は? 時間いいの?」
「ウチのクラス一回戦目、不戦勝」
「私たちもだよ。クジ運いいんだね、お互いに」
 彼女は名倉さんを振り返った。
「バスケも不戦勝だって」
「なら、終わってから見に行くよ。どーせすぐ負けちゃうし。私たち」
 素振りをやめて名倉さんがため息をつく。
「名倉さんらしくないな。あきらめモード?」
「悠真も私も球技は苦手なの」
 名倉さんはラケットで自分の頭をポンポンと叩いた。
「茉由はねぇ、小学校のバレーボールの授業で球を顔面で受けて以来、球技がキライになったらしいよ」
 桐生さんがそっと耳打ちする。
「人のコトはいいのっ!」
 名倉さんのラケットが、桐生さんの頭にヒットした。


 コートがたくさんあるせいか、テニスの試合はどんどん進む。二回戦の召集がかかった。
「じゃーね。私達試合だから」
 桐生さんが僕に手を振る。まだバスケの試合は始まらない。
「僕、ここで見てていい?」
「やだっ! 見ないで」
 間髪をいれず、桐生さんが遮った。
「私達へたっぴだから。ぜーったいヤダ」
 仕方ない。体育館に戻るか。
「終わったら、バスケ応援しに来てね。なんとか勝ち進んでると思うから」
 寂しく笑うと、僕はテニスコートを後にした。


 失意のうちに体育館に戻ると、二回戦目が始まっていた。僕たちのクラスの試合はこの次だ。
「オレの試合を見なかった、かーさーいぃクン」
 背後から陰にこもった声。
「オマエたちの試合どうだった?」
 直哉の演技も気に留めず、僕は聞いた。
「勝った。あったり前だろ」
 僕の正面にまわり込んで、ヤツは右手の親指を立てて見せた。いつも思うけど、これはコイツの癖だな。


「名倉たちの方は? どうだった?」
 コイツの考えの中心は名倉さんか。
「試合始まる前に帰された。ヘタだから僕に見られたくないんだってさ」
 僕はしゃがみこんで、バッシュの紐を締めなおしながら言った。
「ふーん。やっぱオマエたちラブラブなんだな」
 直哉が僕の背中を思いっきり叩く。
「……ってぇ。ゴホッ。なんでラブラブなんだよ」
 僕はむせながらヤツを見上げた。
「だってよぉ、何とも思ってないヤツにカッコ悪いとこ見られたって平気だろ? オマエに見られたくないってコトはだ。ふっふっふ……」
「なんだ。気持ち悪いな」
「オマエに少なからず気があるってコトだよ」
 そうかな? そんな感じでも無かったと思うけど。
「ありがとな。ま、僕は僕なりに頑張るさ。まあ、一発で玉砕しなかっただけ良かった……と……。……あ」
 しまった。直哉はその『一発玉砕』したんだった。また地雷を踏んだ……カモ。
 おそるおそる見上げると、直哉が口の端を妙な角度で引き上げながら僕を見下ろしている。
「かーさーいー」
「ぐぇ」
 またヤツに羽交い絞めにされた。


「E組Aチームの選手は集まって下さーい」
 やっとの事で直哉の手から逃れゼイゼイ言っていると、次の試合の召集があった。直哉には悪いが、僕はホッと胸をなでおろす。集合場所に向かおうとして、僕はある事を思い出した。直哉を振り返る。
「あとから、名倉さんが試合見に来るってよ」
 直哉の頬が少しだけ緩んだのを僕は見逃さなかった。


「今からC組AチームとE組Aチームの試合を始めます」
 二、三回戦は勝った。今は四回戦目。これに勝てば、次は決勝戦だ。ホイッスルと同時にボールと人が動き出す。
 中学の時にやっていただけなんだけど、ボールを追い始めると体が自然に動く。球技大会位なら充分通用しそうだ。
 桐生さんたちの姿は見えない。まだ勝ち進んでいるんだろうか。最初の内はいろいろ雑多な事を考えていたが、次第にコートの中しか目に入らなくなって来た。


 ホイッスルが鳴って試合が終わる。応援の人垣に目をやると、桐生さんが床に座り込んでいるのが見えた。来てくれたんだ。側に名倉さんもいる。桐生さんの顔を見たら、なんだか安心した。
「桐生さん、勝ったよ。次、決勝だから」
 僕は彼女たちの所に駆け寄った。
「あ……あぁ、良かったね」
 桐生さんは下を向いたまま小さな声で言った。
あれ? どうしたんだ? 何かやったかな、僕。さっきまでちゃんと話もしてくれたのに。言葉数が少ないし、態度がぎこちないぞ。
「決勝戦は十分間の休憩のあとで始めまーす。出場選手は控えの席に集まって休憩して下さーい」
 進行係の声がする。
「僕、行かなくちゃ。決勝戦も見てね」
 桐生さんの態度が気になったが、後ろ髪を引かれる思いで僕は控えの席に向かった。


 控えの席に座っていると、後から直哉がどついた。
「だーから! いちいち攻撃してくんなって!」
 僕は悶々としていたせいか、少し声にトゲがあったようだ。
「何かあったのか?」
 いつものヘラヘラした感じをひっこめて、直哉が心配そうに僕の顔を覗き込んだ。
「あ。悪い。つい考え事してて」
 そこで僕はハタと思い出した。
「決勝戦、直哉んトコとだろ?」
 ヤツはそれを聞いて、不敵な笑いを浮かべた。
「おうよ。相手がオマエだからって手加減はしないからな」
「結構。僕もそうするよ」
 僕もニヤッと笑った。考えていても始まらない。今は決勝戦に勝つ事を考えよう。僕はカツを入れるために両頬を軽く叩いた。


 試合が始まる時に探したけれど、桐生さんは見当たらなかった。トイレにでも行ったのか。それでも試合が始まると、また僕の頭の中から雑多な事が抜けていくのを感じた。試合は僕達E組Aチームの圧勝だった。


「はぁーっ」
 僕は学食の椅子にもたれてため息をついた。
「どうしたんだ?」
 向かいの席で日替わりランチのデザートをつついていた直哉が顔を上げる。
「ん……。最近さ、桐生さんがなんかヨソヨソしいんだよな」
 言葉の最後は、またため息になってしまう。
「なんかやったのか? オマエ」
「いや、なーんも心当たりナシ」
「ほら、アレじゃないか? ここんとこ文化祭の準備で忙しかっただろ。桐生も疲れてんだよ。きっと」
 心配するな、と言いたげな顔で直哉は言った。
「うん、そうだな。気にしない事にするよ。サンキュ」
 そうは言ってみたものの、僕はソレだけではないような気がしていた。


「直哉、名倉さんのお見舞いには行ったのか?」
 僕は気になっていた事を口にした。
 名倉さんは三日前、学校帰りに腹痛をおこしてそのまま病院に入院になったらしい。盲腸だ、と担任が言っていたけど。
「ふ……ふふ……ふふふふふ」
 直哉が含み笑いをする。ヤベ……。また地雷を踏んだのか?
「葛西少年」
「はい……なんでしょう?」
 僕はいつでも直哉の攻撃から身をかわせるように椅子をずらした。
「聞いてくれ!」
「?」
 机の上に置いていた右手をガバッと握られた。しまった。動きを封じられた。
「昨日行ったんだよ。お見舞い。そしたらよ……」
 来るか? 来るのか? ……パンチか? 羽交い絞めか?
 僕が身構えた時、直哉の声のトーンが変わった。
「『ありがとう』だってよ」
 直哉は夢見るような表情になる。
 ……もしもし?
 僕は力が抜けた。普通、見舞いに来てくれたらお礼ぐらい言うだろ。
「まぁ聞け。続きがあるんだよ」
 僕の表情を読み取って直哉が釘をさす。そしてニヤッと笑ってひと呼吸おいた。
「なんと。付き合ってもイイって言ってくれたんだぜぃ! イエィ!」
 僕は握られていた右手を逆手にとって、そのまま踊りだしそうになる直哉を制した。
「あんなに何回も玉砕してたのにか?」
 直哉が落ち着いたのを見計らって僕は手を離した。
「人間、粘りが肝心だな。病気で弱っているところに付け込んだ……って気もしないでもないが」
 そう言って直哉は右手の親指を立ててみせた。


 僕たちはランチのトレーを片付ける為に席を立った。自動サーバーでお茶のお代わりをする。
「よかったな、直哉」
 ホッとひと息つくと、直哉の幸せがひしひしと伝わってきた。ホントに何度も玉砕してたんだ。その度に僕はいらない事を言って地雷を踏んでばかりいたけど。
「ダブルデートとかしようぜ。桐生とオマエ、オレと名倉でさ」
 そう言ってから照れてしまったのか、直哉は僕の背中を思いっきり叩く。飲んでいたお茶がはずみで辺りに飛び散った。
 なんだ……。地雷を踏んでも踏まなくても、僕は直哉に攻撃される運命なのか。顔や服にこぼれたお茶をハンカチで拭きながら、ふと僕は最近の桐生さんの態度に考えが戻ってまた少しブルーになってしまった。


 今日は文化祭。僕たちのクラスは『コーヒーとクッキーの店』を出す。早めに登校して教室の中の準備を手伝っていると派手に花火が鳴って、否が応にも雰囲気が盛り上がった。
 盲腸で入院していた名倉さんも昨日退院して来た。ウェイトレス役をする事になっていたのだが、病み上がりに立ちっ放しは辛いだろうと桐生さんが代役をする事になっていた。
 僕はボーイの役。どちらもそれぞれの準備で忙しくて、なかなか話をするチャンスには恵まれなかった。ホントは、ちゃんと話をして誤解があるなら解きたいんだけど。
「おーい。ウェイトレス役の女子は着替えて来いよー」
 委員長が進行表とにらめっこしながら戸口から顔をのぞかせた。
「その後でボーイ役の男子が着替えしてくれ」
 言うだけ言うと、委員長はあたふたと出て行った。担任との連絡とかいろいろ仕事があるらしい。ごくろーさん。


 着替えを終えて教室に戻る。ボーイの衣装は黒を基調にしたもの。なんだか恥ずかしいや。ぐるっと教室を見回すと、桐生さんと名倉さんが目に留まった。なんだか雰囲気が違う。
「……!」
 僕は一瞬、頬の筋肉がデレッと緩んだのを誰かに見られたんじゃないかとアセった。桐生さん、化粧している。ウェイトレスの衣装もよく似合っている。思わずフラフラと近づいて行った。
 僕の姿を認めると、桐生さんは下を向いた。そんな事にも構わず吸い寄せられるようにして僕は彼女の前に立った。
「桐生……さん? ……へえ」
 僕はやっとそれだけを口にした。
「なに? なんか変?」
 不安そうな声で桐生さんが見上げる。
「いや……。なんか……桐生さんじゃないみたいだ」
「やっぱ似合わないかな」
「そうじゃなくて。すごく綺麗で大人の女の人みたい」
 久しぶりに彼女とまともに話をしたような気がする。目の前にいるのは僕の知っている桐生さんじゃなくて、僕なんかの手の届かない女性のような気がした。


「葛西」
 ひょこっと戸口から直哉が顔を覗かせた。
「ああ、直哉。どうした?」
 ヤツは体を戸に隠したまま目配せをする。
「?」
 戸口から出てヤツの衣装を見ると、僕は吹き出してしまった。
「なんだよ、そのカッコ」
 直哉は怪獣の着ぐるみを着て、体のところどころに丸いプラスチック板を貼り付けている。プラスチック板には輪と数字が書いてあった。
 F組は『ぺったんダーツの店』だって言ってたけど……そうか。ヤツが的になるんだ。思い切り笑っていたら、直哉の拳が飛んできた。さすがに着ぐるみ越しだと全然効かない。
「いーよ。そーやって笑ってろよ」
 ヤツは()ねてしまった。
「名倉さんの様子はどうだ? 辛そうだったりしたら気遣ってやってくれよ」
 それだけ言うとヤツは着ぐるみの尻尾をヒョコヒョコ揺らしながら自分の教室に帰って行った。


 僕も桐生さんも午前中の当番。他にも男女5名ずつの計十二人がそれぞれの持ち場で接客にあたっている。
 昼食前に回ってしまおうという人たちが多いのか『コーヒーとクッキーの店』は大繁盛。とにかく忙しい。
 一緒の当番といっても、余分な話をしている暇なんて無い。病み上がりの名倉さんでさえ、お腹をかばいながらも手伝ってくれる。直哉に見られたらブン殴られるだろうな。でも僕が気遣わなくても、桐生さんが声を掛けているようだ。名倉さんの事は彼女に任せよう。


 昼近くになってようやくお客が一段落する。この時間は昼食になりそうな食べ物の店が賑わっているのだろう。空いている席に座って、桐生さんが足を叩いているのが目に留まった。
「大丈夫?」
 引き取ってきたカップをトレーに乗せたまま彼女の隣に座る。
「あ……ああ、うん。大丈夫」
 彼女はぎこちなく下を向いた。
 やっぱり。どうも避けられているみたいだ。僕は桐生さんの横顔をじっと見つめながら悲しくなった。僕に愛情は無理でも友情なら感じてくれているって言っていたのに。
「午後からフリーでしょ。一緒に回ろう。ちょっと話もあるし」
 しばらく彼女を見つめていたが、僕はふっ切るように言うとトレーを持って立ち上がった。


「お疲れ様ー。じゃ、交替です」
 正午になって午後の当番と交替をする。
「行こうか」
 僕は桐生さんに声を掛けた。店にしている教室の中からは判りにくかったが、廊下は人でいっぱいだった。
「私、着替えたいんだけどな。こんな格好じゃ恥ずかしいし……」
 彼女はキョロキョロしている。
「着替える場所なんて無いでしょ。みんな衣装のまま回ってるよ」
 校外からのお客さんも多いので着替える場所など無さそうだ。先ほど着替えに使った教室も生徒たちの私物が詰め込んであって、着替えるスペースなど無いのはわかっていた。
「こっち行こう」
 僕は彼女を促した。廊下にあふれた人で進みにくい。今から桐生さんにしようとする話の事で頭がいっぱいで、後から遅れてついて来る彼女を気遣う余裕は僕には無かった。すれ違った女の子たちが歓声をあげていたが、かえって僕の気持ちを逆撫でするだけだった。
「あの……話って何?」
 僕の歩調に一生懸命合わせて歩きながら彼女が見上げる。
「うん……。どっか静かな所に行こう」
 我ながらウジウジしている。わかっているけどもう少しだけ彼女と歩きたかった。今からの話でどんな結論が出るのか先送りしたい気分だった。自分から言い出したクセに……。


 どこも人でごった返している。僕達は黙ったまま、静かな場所を探して歩いた。あちこち歩き回っていると、比較的人の少ない教室を見つけた。
「ここ入ろうか」
 教室の中は薄暗かったが、僕は構わず先に入る。中は不気味な雰囲気。なんなんだ。ここは。進むに従って薄暗がりからどんどん暗さが増していき、入口から五メートル程進むともう手探りでなければ進めなかった。
「桐生さん」
 意を決して振り返る。あれ? いない。ついて来てると思ったのに。
 なんだかスカを喰らわされた気分だったが、さっきまでのトゲトゲした気分は吹っ飛んでしまった。


「葛西くん……どこ?」
 桐生さんの声が聞こえる。薄暗がりに人影が見えた。肩に手をかける。
「きゃ……」
 小さな悲鳴をあげて、彼女はその場にしゃがみ込んだ。
「僕だよ」
 驚かさないようにしたつもりだったけど。彼女は顔をおおっていた手をどけた。
「桐生さん、後ろついて来ると思ったのにいないんだもんな」
「ご……ごめん。理科室はちょっと……」
 彼女はひきつった笑いを浮かべると周りを確認した。
「何やってるの?」
 桐生さんの様子は何かに怯えているようだ。
「あの……人体模型とか骨格標本とか無いか確認してるの」
 彼女は僕の衣装の背中をギュッと掴んだ。
「やっぱり理科室嫌いなんだ? そうじゃないかと思った」
 僕は思わず笑ってしまった。確かにいつも理科室での授業の時は、桐生さん、顔がこわばってるもんな。
「そ……そう。ちょっとしたトラウマ」
 ひきつった笑顔のまま彼女は言う。僕は彼女の手を衣装から離すと、両方の手で包み込んだ。
「手、つないでてあげるから。大丈夫」
 彼女は安心したように、コクンとうなづいた。


 僕達はそのまま歩き出す。
「あの……で、話って……?」
 彼女が切り出した。僕はしばらく彼女を見つめていたが、意を決した。
「桐生さん、僕のこと嫌いになった?」
 彼女を振り返ることはできなかった。
「え?」
 彼女が聞き返す。またしばらく沈黙が続いた。僕は覚悟を決めて立ち止まる。
「僕に対して感じてくれていた友情は、もう無くなっちゃった? このごろ桐生さん、僕と眼を合わそうともしないし……。僕の事、避けてるみたいに感じる」
 一気に言ったつもりだったが、最後はため息まじりだった。彼女を振り返る。つないだ手に力を込めた。
「ごめん。こんな事、本当は言うつもりじゃなかったのにね。でも今日の桐生さんを見たらどうしても我慢できなくなって……」
 なんだか情けないな。
「桐生さん……綺麗でいつもよりすごく大人っぽくて、僕の手の届かない人に思えたんだ」
 彼女の表情がみるみる変わり、つないだ手が彼女のもう一方の手で包み込まれた。
「違う。違うの。葛西くんの事、嫌いになんかなってない!」
「じゃあ僕を避けていたのはなぜ?」
「そ……それは……」
 彼女は口ごもってしまった。
「『それは』なに?」
 僕は彼女と視線の高さを同じにして聞く。彼女の瞳に僕が映っていた。
「それは……。わ……私も好きになっちゃったからっ」
 あさっての方向を見ながら桐生さんはヤケクソ気味に言った。
「……」
 彼女の言葉の意味を理解するのに随分かかった。
『好きになっちゃった』
 そのフレーズが頭の中でグルグル回っている。彼女と眼が合った。
「……誰を?」
 僕の声は上ずっていた。次の瞬間、彼女の腕がフワッと開いたと思ったら僕の首に回された。
「……こういうこと」