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桜夜叉


〜六〜


「わたしとて、その昔はヒトであったのじゃ」
 燈台の灯が、ジジ…と音を立てる。長い昔語りを終え、遥か彼方を見ているようだった蘇芳の瞳がふわりとサクラを捉えた。
 形ばかりの婚礼の儀式。帳台の内で、二人は伏したまま向かい合っていた。
 無理強いしたのでは意味がないからと、サクラの心が決まるまで蘇芳は待つと言う。残忍なこともするであろう夜叉の、時折ヒトのように揺れる瞳の訳を、サクラは知った。
「誰も愛さぬわたしを、桜が罰したのであろ」
 再び視線が外される。蘇芳の暗く沈む瞳は、馳せる思いの先――還らぬ『時』を見つめているようだった。


 すぐ近くで何かが動いたような気がして、サクラはうっすらと目を開けた。
 昨夜は蘇芳の話を聞いている内に、いつの間にか眠ってしまったようだ。彼の話に自分が何と返したのかすら覚えていない。ただ哀しくて胸が痛かった事だけは覚えている。
 また、もそりと何かが動く気配がする。ともすれば閉じてしまいそうになる瞼を無理やり開くと、自分の頬に触れる白い布が少しずつ動いているのが見えた。
 少しだけ頭を持ち上げてみる。
「起こしてしまったか?」
 すぐ隣で声がした。
 少しはっきりした頭で見渡してみると、頬に触れていたのは蘇芳の単衣の袖だった。彼の腕に縋るように、サクラがしっかりと抱いていたのである。
「あ……ごめんなさい」
 サクラは慌てて腕を緩め、半身を起こした。
 蘇芳が、唇の端だけでふと笑う。
「……よい。わたしも久しぶりに良い夢をみた」
 そう言って自由になった腕をつき、サクラの隣で身体を起こす。桜の香が、ふわりと薫った。
「じきに夜が明ける。そろそろ行かねばならぬな」
 今はまだ下ろされている蔀戸の向こうを見透かすようにすると、蘇芳は寝乱れた単衣の胸元を簡単に合わせた。
 サクラも身体を起こす。
「もう行くのですか?」
 そう言ってしまってから、サクラは自分の言葉に驚いた。これではまるで、名残を惜しんでいるようではないか。
 蘇芳もそれに気付いたようで、ふふ、と笑う。
「その言葉が心からのものであれば嬉しいのだがな」
 帳台の内に座したまま、サクラの頬に手を添えた。
「昨晩はこうしてわたしに触れてくれたのだったな。そのせいか……滅多にせぬ昔話まで聞かせてしまったのだが」
 向けられる視線に特別な意味があるような気がして、サクラは居心地の悪さを感じた。何度か瞬いた後に、ふと目を逸らす。やがて蘇芳は手を離し、音もなく立ち上がった。
「今宵もこちらに参る。シノノメが全て整えてくれるはずじゃ」
 そう言い置いて、夜もまだ明け切らぬ内にサクラの室から出て行った。
 どのくらいそうやっていたのだろう。向こうの方から蔀戸を上げる音が近づいて来る。サクラは我に返り、自分が帳台の内で呆けたように座ったままである事に気付いた。
 サクラの室の前の蔀戸が上げられ、御簾越しに朝の光が差し込んでくる。今日は晴れているらしい。つい数日前にもこんな朝の光を感じたことを思い出す。それは自分の生家での事であったけれど。
「失礼致します」
 シノノメの声が、遠慮がちにかけられた。
「……どうぞ」
 今まで、ひとつ帳台の内で他人と一緒に伏したことなどない。蘇芳との間に何もなかったとはいえ、今更ながら少々の気恥ずかしさを覚え、サクラは自分の単衣の胸元や袖口を必要以上に綺麗に整えた。
 シノノメが御簾を巻き上げて入って来る。サクラは褥に座らされ、髪を梳られた。シノノメに手伝ってもらって着物を着替える間にも、ふと蘇芳のことを考えてしまう。
 彼と情を交わしたいと思っているわけではない。けれど彼もまたその昔はヒトであったのだと聞かされれば、怖れだけではない別の感情に己の心を支配されるようだった。


 滅多にせぬ昔語りを聞かせてしまった。蘇芳はそんな昨夜の自分に少々驚いていた。真名までは明かさなかったものの、自分もかつてはヒトであったのだとサクラに語って聞かせた。
 今までの花嫁にそのようなことを話したことは一度も無い。ただ現在(いま)ある姿を見せたのみだった。ヒトであった頃の話をするなど、己の矜持(きょうじ)が許さなかった。まして、どのようにしてこのような身に成り果てたのかを、例え花嫁であっても聞かせるつもりは更々無かった。
 迎えた花嫁を、ある時はその剥き出しの怖れを憎んで喰ろうてしまい、またある時は一縷の望みをかけて己がモノとし、情を交わした。
 だがそうして生き永らえた者も、夜叉である自分とは同じ時を生きることはできない。永の若さを得ていつまでも変わらぬ姿のままでいるけれど、昨日までは元気にしていた者が、ある日突然年若い姿のままで息絶えてしまうのだ。
 永の若さを得る者はいても、永の命を得た者はいなかった。
――わたしはいつも、独り取り残される――
 ヒトはいずれ死ぬ。夜叉である自分を残して、いとも簡単に逝ってしまう。
 長の歳月を生きて、幾人もの妻を見送った。誰かを愛し愛された時、この呪いは解けると言うが、いまだ解ける気配すらない。
――桜は多くを教えてはくれぬ――
 ある時、現し世の桜の古木に問うてみたが、『まことの愛ではなかっただけのこと』と謎掛けのような言葉でかわされてしまった。
――まことの愛とは何じゃ――
 蘇芳なりに考えてみたものの、はっきりとした答えを得ることはできなかった。まことの愛とやらがどのようなものか、そのようなものを受けたことのない自分には見当もつかない。だがいつか……。
 サクラとの風変わりな出会いが、蘇芳の中に微かな光を投げかけていた。


 やがて『亜』の世の桜の宮にも再び夜の帳が下りてくる。少し欠けはしたものの、昨夜の(ぼう)とさほど変わらぬ明るさの月が、同じように桜の宮を照らしていた。
「失礼致します、サクラさま」
 簀子に座したシノノメが、御簾の向こう側で手をついた。サクラはまたこの刻が来たのかと、張り詰めた気持ちになる。だがその中に昨夜のような怖れが無いことを、自分でも不思議に思った。
 かつてはヒトであったという蘇芳が、少しばかり身近に感じられたのだろうか。桜の咲き乱れる中、怖ろしい所業も見た。草の葉の上に点々と残された血の跡も、はっきりと思い出すことができる。気に入らなければ己が花嫁であっても喰ろうてしまうという夜叉の、残忍な顔も見た。けれど……。
 ――助けてくれ、と。
 そう言われたような気がした。
 あの時は確かな証も見つけられぬまま、うやむやになってしまった。けれどもあの瞳の中に見た一抹の翳りは、その昔ヒトであった頃の心がまだ残っている証なのではないかとも思われた。
 自分に何ができるのだろう。
 供物として捧げられ、既に郷には戻れぬ身。桜の宮の主である蘇芳こそが、この身の行く末を握っている。彼の望みが何なのかはっきりとは判らないけれど、花嫁として迎えた娘に何がしかの救いを求めている事はおぼろに感じられた。
 シノノメの手が丁寧に髪を梳る。上質な絹の袿にサクラの髪が美しく映えた。昨夜と同じように調度の位置などを細かく直し、最後に新しい香を焚いて、シノノメは御簾の傍に控えた。
 簀子を渡る気配に、サクラは畳から下りた。板の間に座って待っていると、程なく蘇芳が御簾の向こう側に現れた。
「よいか?」
 短い問いに、サクラは深々と頭を垂れる。
「どうぞ」
 サクラの言葉を受け、シノノメが御簾を巻き上げて蘇芳を迎えた。彼は相も変わらず蘇芳の色を使った桜の(かさね)を纏っていた。
 シノノメが出て行くと、室の中には二人だけとなった。
 蘇芳が女人のような袿を脱いだ。掌をす……と動かすと、それはひとりでに衣桁に掛かる。ゆらゆらと揺れる淡い燈台の灯りの中でよく見れば、それは昨晩のものとは織りの模様が違っていた。
「何故そのように蘇芳の襲で女人のように装うのですか?」
 夜叉と言えど、男であるならそのような(なり)をすれば良い。女人の袿など着る必要はないはずだ。
 目を伏せ、ふ、と蘇芳が笑う。
「女人の着物は楽なのでの。それにヒトが寿(ことほ)ぎの色として好むこの蘇芳は、赤よりも濃い血の色……わたしの好きな、血の色じゃ」
 そう言って伏せていた瞳をサクラに向けた。その応えがまことでない事は、その瞳を見れば判る。少し酷薄な、それでいて内に何かを秘めたような眼差しが、サクラを射抜いている。
 何にせよ蘇芳がそう言うならば、真意を明かすつもりは無いのだと、サクラは思った。
「そうですか」
 それだけを言って自分も袿を肩から滑り落とした。
 今宵も蘇芳は何もしないつもりなのだろう。ごろりと横になると、そのまま目を瞑ってしまった。サクラはほっと安堵の息をついてその横に伏す。
 ――今宵。
 心は決まったか、と訊ねられたなら、即座に否と応えるのは難しいような気がした。
『無理強いしても意味はない』
 彼の最終的な望みが何か、しかと判ったわけではない。だが、サクラ自身が彼と情を交わしたいと言うのを待っているのは明らかだった。だからと言ってその望みを叶えてやることは、今のサクラには難しい。そうしてその応えまでにほんの少しの(いとま)でも挟んでしまえば、彼には更に酷な事をしてしまうような気がしたのだ。
 (ふすま)を首元まで引き上げ、サクラも目を閉じる。しばらくすると、隣に伏す蘇芳の胸が規則正しく上下し始めた。起こさないように寝返りを打ち、蘇芳の顔を眺める。
「どれだけの時を独りで生きてきたのですか」
 そっと問いかけてみても、応えは無い。すっかり寝入ってしまったようだ。灯されたままの淡い燈台の灯りに映え、白い頬が尚のこと白く輝いて見える。
 禍々しくも、美しきモノ。ヒトを惑わすためにその美貌をも使うことがあるという妖しの者を、昨晩の昔語りを聞かなかったならば、今もまだ怖れていたのだろうか。
 人を喰らう夜叉であるのに、時折見せるヒトのような瞳の色が、サクラを惑わせていた。


 まだ夜も明けきらぬ内に、蘇芳は目を開けた。
 暁を告げる鳥の声など、もう久しく聞いていない。現し世であればいざ知らず、己の結界の内である『亜』の世にあってはそれも叶うまい。
 昨夜は早々に床につき、そのまま眠りに堕ちてしまった。サクラとも一言、二言言葉を交わしたほどか。もう二度とあのような昔語りをするつもりもなかったので、彼女の問いも戯言めいた応えでかわしてしまった。
 つい、と目を転じると、心許ない灯りの中に衣桁にかけた袿の色がぼんやりと浮かんで見えた。
 赤よりも濃い血の色を(まと)い、女人のような衣を着て、それでも自分は終わることもできずにただここに在る。
 思い出せば、辺り一面の紅の中、鉄錆びの臭いが鼻の奥を突いた。
 隣でサクラが少し身じろいだ。今朝もまた、単衣の袖が彼女の両の腕の中にある。
「怖くはないのか」
 掠れてしまうほど小さな声で、蘇芳は言った。知らず、笑みが零れる。
 我が血の印を持つヒト。サクラの中には、自分の印が息づいている。夜叉である自分の血が、同じ世に属するモノとして認めた者。そんな者は、この屋敷の中に幾人もいる。だが同じ花嫁であっても、サクラは今までのどの娘とも違っていた。
 情を交わし、共に伏して朝を迎えても、花嫁達の肩は同じ帳台のはるか向こうに見えたものだ。
 近いのに遠い。
 手を伸ばせば触れることができる処に在るのに、それを許さぬ何かが他の者には感じられた。眠りに堕ちている時の身体は正直だ。たとえ意識ある時は熱情に浮かされるようにこの自分を求めても、ひとたびその(まなこ)を閉じてしまえば、ヒトと夜叉との間にある破れぬ壁を感じたものだ。
 だがサクラはどうだ。情を交わすことには(いなや)を唱えるくせに、朝を迎えれば我が単衣の袖をその腕の中に抱いて眠っている。
 ――大切なもののように。
 ただ傍にある温もりが恋しかっただけなのかも知れない。それでもまるで――いや、それは強い望みがそう感じさせるだけなのだと、蘇芳は己を(わら)う。
 そろそろと腕を引き抜こうとすると、再びサクラが身じろいだ。
「……もう、朝なのですね」
 まだ眠たげな声色で問う。
「そのようだな」
 腕を引き抜くのを諦め、蘇芳は応えた。しばらくこのままでいても良いか、と思った。
「あなたの夢を見ました」
 自分が何を抱いているのか、まだ気づいていないのだろう。蘇芳の腕に頬をすり寄せ、目を瞑ったままサクラが言った。
「ほう……わたしの夢を」
 女の夢に出るなど、そうそうあることではない。蘇芳は面白そうに唇の端を引き上げた。
「あなたは幼子で、桜の木の下に立っていました。池に落ちてしまうのではないかと、私はずっとあなたの肩を抱いていました」
 そうして、目を瞑ったままほっこりと笑む。その顔がとても幸せそうで、蘇芳の心の中が鈍く痛んだ。
 そのような夢――まるで、自分の願いをそのまま写し取ったかのような夢を、サクラが見たというのか。
 幼き日、どれほど請うても得られなかった母カズラの愛。その腕に抱かれたいと――そして、優しい声で名を呼ばれてみたいと、何度夢みたことか。
「……まるで……母御のようじゃの」
 そう返すのがやっとだった。


 まだ日は中空に在るというのに、辺りは薄く陰り、庭の桜が少しばかり色褪せて見える。相変わらず華を散らし続ける桜の木は、まるで何かを哀しんで泣いているかのようだった。サクラはそんな華を、飽くことなく眺めていた。
 遠くから、風に乗って華やかな女の声が聞こえて来る。ここに来た日に会った、アヤメという女のものなのだろう。声と同じく、笑顔も華やかな人だった。
 今宵もまた、蘇芳が訊ねて来るという。男が女の処に三日通った後で晴れて夫婦となるというその儀式を、ヒトの世の(なら)い通りにするのだと。
 夜叉と花嫁の他、誰もいない『亜』の世において、それがどのような意味を持つというのだろうか。露顕(ところあらわし)をしようにも、披露目をする親も縁者もこの宮にはいない。
 夢に見た蘇芳は、童髪(わらわがみ)の幼子だった。顔は定かには見えなかったが、笑ってはいなかったように思う。ただ桜の木の下に居て、池に散り落ちる花弁を飽くことなく眺めているだけだった。
 あんな話を聞いた後だったからだろうか。
 不遇な子供時代を過ごしたと聞いた。母に慈しみの言葉をかけてもらったことも無かったのだと。
 自分が代わりに、と思ったわけではない。けれど、夢の中の蘇芳はそのまま池の中に溶けていってしまいそうで、思わず抱き寄せていた。抱いた肩は細く頼りなくて、ともすれば(かいな)の中で雪のように消えてしまうかと思われた。消えないように、溶けていかないようにと強く抱きしめれば、徐々に子供らしい温もりが戻って来るようだった。
 目が覚めて、自分が抱き留めていたものが蘇芳の腕だったことにサクラは驚いた。昨日の朝も、同じように彼の腕を抱いていた。
 怖くないと言えば嘘になる。心の奥を見透かすような瞳で見詰められれば、ヒトでない者の持つ気配に『もしや』と思う気持ちが湧いて来ないこともない。だが眠りに堕ちた蘇芳からは、妖しの者としての禍々しい気配が感じられなかった。ヒトとまるで同じであるとは思わないまでも、人外のモノとしての哀しみと、それを受け入れるしかなかった諦めの念だけが感じられた。
 遠くで聞こえていた華やかな声が、サクラの室に近づいて来る。サクラの傍近くに居たシノノメが、膝行して脇に控えた。簀子を渡る衣擦れが、幾人かの女の訪れをサクラに知らせた。
「突然ごめんなさいね」
 アヤメの声が、御簾の向こうから聞こえた。サクラが小さく頷くと、シノノメが御簾を巻き上げる。アヤメの他に、その侍女らしき女が二人、廂の間に座っていた。
「今宵が三日目の夜かしら」
 そう言いながら、アヤメはサクラの室を一渡り眺め回した。儀式の為、三日の間灯されたままになっている燈台に目を留めると、少しばかり苦々しそうな顔をする。そうして最後に室の主の顔を、ひた、と見据えた。
「……そうなりますね」
 相手がわざわざ何を言いに来たのか判りかね、それでもサクラは黙ったままでは失礼にあたるかと言葉を返した。
 アヤメが、つい、と顎先を上げる。
「蘇芳の君には気に入られたようね」
 その眼に少しばかり意地悪そうな光が宿っていたように思えたが、それも致し方ない。サクラは自嘲めいた気持ちで納得した。アヤメにとってサクラは、同じ妻として蘇芳の寵を競う相手なのだ。例えこちらにそのような気がなくても、傍目には共に三日夜の餅を食べる仲と見なされる。
「怖くはないの?」
 アヤメが試すような視線を投げかける。
「あなたの前の花嫁は、二日目の夜に喰われてしまったのよ」
 頬に、残忍な笑みが浮かぶ。それがさも楽しいことででもあるかのように、アヤメは言った。
――鬼の笑みだ――
 今のアヤメは、夜叉である蘇芳よりも、余程禍々しく見える。
「……あなたは怖くないのですか?」
 サクラはまだ暗い笑みを浮かべるアヤメに、逆に問うた。
 ふ……、とアヤメが笑みを深くする。
「あなたも蘇芳の君から聞いたのでしょう? 夜叉と契れば、永の若さを得られるの。女にとって、これほど嬉しいことは無いわ」
 そう言って、自分の頬を指先で撫でた。華やかな顔立ちに相応しく、その頬は滑らかで美しい曲線を描いている。アヤメは蘇芳と情を交わし、生来の美しさをその身の上に留めたのだろう。
 最初の日に血の契りを交わした首筋が甘く疼き、サクラはそれと判らぬように息を吐いた。
「あのまま桜の郷にいたら、私はとっくに皺だらけの醜い老婆になっているわね。蘇芳の君のおかげで、いつまでも若くいられるの。怖がってなんかいられないわ」
 アヤメが頬を撫でていた指を、光に透かすように眼の前にかざす。その指はすんなりと白く伸びて、何代も前の花嫁であるとは到底思えなかった。
「蘇芳の君を、愛しているのですか」
 華やかな美しさに見入る様を見せつけられ、サクラは思わずそう訊ねた。
「愛……」
 ふふ、とアヤメが笑う。
「そうね、愛しているわ。だからあなたがさっさと喰われてしまわなかったことが、少し残念なのよ」
 茶化すような、それでいてこの上なく残忍な顔で、眉根を上げて見せた。