クリスマス



 ――砂季ね、大きくなったら、准くんのお嫁さんになったげるよ――
 ――うん、約束だよ――

『ボコッ』
「痛っ! ……なに……?」
 なんの前触れも無く側頭部に受けた衝撃に、准哉は思わずあたりを見回す。
 見慣れた部屋。見慣れたベッド。そして、見慣れた……。
「なんじゃ、こりゃ」
 抱き枕代わりに丸めた羽根布団の脇に、目覚まし時計が落ちていた。電池ぶたが外れて、中から電池が飛び出している。
 准哉は茶色くカラーリングした頭をボリボリと人差し指で掻きながら、眠たげな目を二、三度しばたたかせる。目覚まし時計と散らばった電池、そしてベッドの枕元の台を見比べて、准哉はようやく事態を呑み込んだ。
「くそ……コイツ」
 定刻に鳴った目覚し時計を止めようとして、どうやら手が滑ったらしい。枕元の台の上にあった時計が落ちて、准哉の側頭部にヒットした、というわけだ。
 ベッドの上に散らばった電池と電池ぶたを拾い、目覚まし時計にセットする。止まっていた針が、再び動き出した。
 安っぽい古びた文字盤の真中には、昔流行ったアニメの一場面が描かれ、長針と短針の先にくっついたキャラクターが毎日相変わらずの追いかけっこを繰り返している。十年も前に砂季が誕生日プレゼントにくれたものだ。
 たった今動き出した針も、今まさに短針のキャラを長針のキャラが追い抜かそうとしているところだった。
「おまえらも毎日ご苦労さんだな」
 コチコチと時を刻みながらくっついて次第に離れて行くキャラを見ながら、まるで砂季と自分のようだと思う。
――ガキの頃は、何の疑いもなくあんな約束をしたっけ――
 七時と八時の間、『十二分の一』のスペースの中。小さな小さな世界。幼い頃の二人も、小さな世界でままごとのような約束をした。
――え? 七時と……八時……?――
 時計は主を急かすでもなく、それでも既に七時五十分を指していた。
「うわ、やべっ。遅刻だぜ。砂季のバカヤロ」
 持って行き所の無いうっぷんを目覚まし時計の贈り主である砂季に向けながら、准哉は体温で程よく温まった羽根布団を勢い良く剥ぐ。そしてゴムが伸びてずり落ちそうになるパジャマのズボンを押さえながら、転がり落ちるようにして階段を降りていった。


 朝の凜とした空気の中に浮かぶ街は、すっかりクリスマス・ムード一色に染まっている。イヴを数日後に控え、盛り上がりは上々のようだ。
 商店街の店先も、赤や緑や白そして金色の、華やかで定番の色に飾り付けられている。本来のおごそかなクリスマスとは一味違った、企業の思惑に踊らされたクリスマスを楽しめ、と道行く人々に無言で強制している。今や、恋人達の一大イベントと化してしまったクリスマスを前に、准哉は一人重たい空気を背負っていた。
「おはよー」
「おはよ。寒いねー」
 女子生徒の華やかなさざめく声を全身で感じながら、准哉はそんな街の飾りから目を背けるようにして制服の上に羽織ったコートの襟を立てて歩いていた。
 県立高校三年生。容姿は十人並みよりちょっと上。性格は温厚。どちらかと言えば、委員長ではなく、書記タイプ。第一線に立つタイプではなく、それを補佐する役が適任の十八歳。
 岡本准哉はそんな生徒だった。
 流行に乗っかって髪もカラーリングしてみたが、今時そんな生徒は珍しくもない。却って黒髪の方が目立つくらいだ。
「むかし神童、いま凡人、か」
 幼稚園から小学校低学年までは、准哉は何でも知識を吸収して、成績はいつも一番だった。両親なんか、親馬鹿丸出しで『末は学者か』と期待したものだ。だが年が経つにつれ、神童は平均よりちょっと成績がいいだけの、ただの平凡な高校生に成り下がってしまった。勉強が嫌いだったり、サボっていたわけではない。だんだんと周りに馴染んで……そして目立たなくなってしまっただけの事だった。
 大きく溜息をつく。クリスマスを一週間後に控えた空気はとても冷たく、息に含まれた水分が冷やされて白い呼気に変わる。暖かな白色はユラリと揺らいで、除々に薄れて周りの空気と同化していった。
「あれー、どうしたかな? 朝っぱらから大きな溜息なんかついちゃってさ」
 背中越しに柔らかな女子生徒の声がする。振り返るとそこには、同じ高校の制服に身を包んだ花村砂季の姿があった。自転車を降りてひいている。そのまま砂季は、なんの違和感もなく准哉の隣に並んで歩く。
「悩み多き年頃なのさ、俺は」
 准哉は、今度は小さく溜息をついた。
「やーねー。アタシだって同じ十八歳だよ」
 砂季が笑う。昔はあまりパッとしない女の子だったが、女子高生となった今、砂季はとても輝いて見える。触れば溶けてしまいそうな白い頬。うっすらと紅をさしたようなピンク色の唇、つやつやと輝いて揺れるエナメル線のように真っ直ぐな髪。
「オマエは俺とは違うさ」
 砂季の屈託の無い、それでいて罪深い笑顔から視線を引き剥がしながら、准哉は三度目の溜息をついた。


 つまらない授業が続く。先生の話を聞いてノートをとって……。黒板に擦れるチョークの音と、紙をこするシャープの音がやけに大きく聞こえる。この淀んだ教室の空気を震わせているのは、無機質で静かな音の洪水。
 大学受験を控えて周りはみんな殺気立っている。それなのに准哉はどうにもその流れの中に馴染めずにいた。
 つまらないなんて思っている余裕は無い筈なのに。皆と同じように、いやそれ以上に勉強して、お金のかからない志望の大学に合格しなくてはいけない。
 浪人したら親に負担をかける事になるだろう。自分も肩身の狭い思いをするかもしれない。
 それなのに……。
――あれが原因かな――
 ボーッとしている。それもこれもアイツのせいだ。
「砂季のバカヤロ」
 今朝の目覚まし時計のことを言っているのではない。確かに側頭部は今も痛むけれど。
「アタシがどうかしたって?」
 いつの間にか授業が終わり、砂季が背後から准哉の後頭部を軽く小突いた。指先に乗せたシャープがポロリと落ちる。机の表面に当たって、長く出していた芯が折れてどこかに飛んでいった。
「っテーな」
 側頭部だけじゃなくて、後もか。今日はよくよく砂季に頭を小突かれる運命にあるようだ。
「なんでもねーよ」
 わざと素っ気無く言うと、准哉は教科書を学生鞄に詰め込み始めた。
「准哉今日もバイト入るでしょ? 一緒に行こうよ」
 キラキラした瞳で砂季が覗き込む。昔と変わらない信頼しきった瞳。
「やだよ。一緒になんか行けるか。ガキじゃあるまいし」
「ガキじゃないから一緒に行きたいんじゃないの。女心が判らないなんて、ダーメだなぁ」
 ピンク色の唇が綺麗な弓形に引き上げられる。目の前でわざとらしく立てた人差し指をリズミカルに左右に動かしながら、砂季はチッチッと小さく舌打ちした。


 准哉と砂季は同じファーストフード店でバイトしている。シフトが同じ時は、一緒に来ることも多い。
 マニュアル・トークはソラでも言える。作り物の笑顔に薄っぺらな言葉を乗っけて、次々に流れて行くお客をさばいて行く。バイト暦二年半。慣れたもんだ。
「十人分頼んだお客に『お召し上がりですか、お持ち帰りですか』って聞いて何が悪いってーのよ。一人が十人分の会計まとめて済ませることだってあるのに、ねえ」
 休憩室の狭い小部屋で、准哉は店で買ったジュースをストローで弄びながら、砂季の話をやんわりと聞いていた。
 ファーストフード店のマニュアルトークが、何かの本のネタになっていた事がよっぽど頭に来ているらしい。砂季は嫌なお客がいると、その話のついでに必ずこの話で締めるのだ。
「そこまで頭の回らない馬鹿が考え出したネタだろ?」
 今日の嫌なお客は、レジの前で十分も迷っていた客だそうだ。その間に後に長蛇の列が出来上がって、砂季は随分気をもんだようだ。
「でも、いいんだ。店長の顔見れば、嫌なこともふっ飛ぶもんね」
 砂季の表情が急に柔らかいものに変わる。その変化に、准哉は少なからずドキリとした。
 バイト先の店長と砂季は付き合っている。幼い頃の約束を覚えているのは自分だけ。現実の砂季は、とっくに大人になって勝手に綺麗になってしまった。
「はい、ごちそうさま」
 人の幸せを聞かされる方は、ついこんな返事もしたくなるというものだ。それが好きな相手のことならなおのこと。
 飲み干したジュースの紙コップをくしゃっと折りたたむと、准哉は先に休憩室を出て行った。


 ――砂季ね、大きくなったら、准くんのお嫁さんになったげるよ――
 ――うん、約束だよ。でも男の人は十八歳まで結婚できないんだって――
 ――じゃ、十八歳のクリスマスの日にお嫁さんになったげる――

「約束……か。んなモン、覚えてねーだろな」
 自室の壁にかけられたカレンダーは十二月。十八歳のクリスマスは数日後に迫っている。だからあんな夢を見たのか。
 今となっては約束が果たされる希望は毛の先ほども無い。だって砂季は、他の人と付き合っているのだから。
「ところが俺の方は……ね」
 准哉は、ひとりごちて最近大安売り気味の溜息をつく。彼の方はまだ諦め切れないでいるのだ。
「くっそー、砂季のバカヤロ」
 これも八つ当たり。幼い頃の約束なんか、後生大事に覚えている自分の方が滑稽なのだとはわかっているけれど。
「ああっ、もう、なんにも手につかないや」
 掻きむしった茶髪が数本、抜けて指に絡みつく。こりゃハゲになる日も近いかも知れない。
「つるっぱげになったら、アイツの髪もひっこ抜いてやろうか」
 あのエナメル線のような綺麗な髪を……ひっこ抜けるわけがない。あの髪がサラサラと風になびくのを見るのも好きなのだ。
 自分でもどうしたらいいか判らなくなって、准哉は天井を見上げてまた溜息をついた。


 学校は冬休みに入った。受験生は迂闊にも喜んではいけない。今一瞬の気の緩みが怒涛のような後悔となって自分に返ってくるかも知れないのだ。
 准哉は今朝から落ち着かない。今日はクリスマス。果たされることのない約束だとわかっていても、つい気になってカレンダーを見てしまう。
「気にしない、気にしない……と」
 気にしないと言っている時に限って、人は気にしているものだ。机に向かって参考書を広げてみるものの、どうにも集中できない。
「だめだ。コーヒーでも飲むか……あれ? コーヒー切れてるし」
 一度飲みたいと思ってしまったら、どうにもおさまらない。近くのスーパーまで頭を冷やしがてら、買い物に出ようと玄関に降りたところで、母親につかまった。
「ちょうどいいわ。お肉も買ってきて。牛よ、牛」
「えー? 俺、コーヒー買いに行くだけなんだけど」
「いいじゃないの。それとも、肉抜きのすき焼きでもいいって言うの?」
「なんだよ、母さん。自分が肉買い忘れただけじゃねーかよ」
「文句言わない! すき焼き食べたいの? 食べたくないの?」
「……食べたい」
 この期に及んで肉抜きのすき焼きなんて食べたくない。靴のかかとをしっかり入れてコートの襟をしっかり合わせると、准哉は思い切るようにドアを開けた。


 夕食の時刻が迫っているせいか、スーパーは混んでいた。今晩の食材を買い物カゴいっぱいに詰め込んだ主婦に混じって、准哉もレジに並ぶ。代金を支払って袋に詰めるまでに、十五分は裕にかかった。
「あれ? 准哉じゃない」
 スーパーを出たところで脇から声を掛けられた。今日一日中、聞きたかった声。でも、スーパー袋をさげている今は聞きたくない声。
「砂季か。なんだ、オマエも買い物か?」
 口の端にひきつった笑いを貼り付けて、准哉はそろそろと振り返る。そこには洒落た紙袋に入ったバケットを抱えた砂季が立っていた。
「うん、今夜のね、夕食の買い物」
 えらい違いだ。こちらは純日本風。あちらは洋風にディナーの予定らしい。さっきまで頭の中で燦然(さんぜん)と輝いていたすき焼きは、新たに出現した豪華ディナーの幻想の前で、モノクロのスナップ写真のように准哉の中で色あせていく。
「ねえ、そこの公園寄って行かない?」
 紙袋を抱え直しながら、砂季が道路を隔てた向こう側の公園を視線で指した。
「ああ」
 准哉は短く答えて、先に歩き始めた砂季の後について行った。


 二人は洒落た木造のベンチに腰掛ける。公園といっても街中の小さなものではなく、恋人達の語らいにはうってつけの洒落た造りになっている。広場の真中にそびえる背の高い木の枝にはイルミネーションが飾り付けられ、薄暗くなり始めた景色に灯りをまたたかせていた。
 准哉はスーパーの袋を脇に寄せると、つい、と立ち上がって近くの自動販売機でブラックの缶コーヒーを二つ買った。
「あ、ありがと」
 持つのも躊躇(ためら)われるほど熱い金属の缶を受け取り、砂季はセーターの袖口で掌を覆う。そのまま両の手ではさんでカイロ代わりにかじかんだ指先を暖めている。
「オマエ、猫舌だもんな」
 准哉は砂季の指先を眺めながら、さっさとプルタブを開けてコーヒーを一口喉に流し込む。そんなんじゃ鍋料理の時はどうするんだろう、と余計な心配をしながら、グレーのセーターの袖口から覗く白い指先に見とれていた。
「そう言えば、この公園だったよねぇ?」
 唐突に砂季が口を開く。准哉はコーヒーの缶を危うく落としそうになった。
「え……? 何のことだったかな……?」
 しらばっくれて聞き返す。
「アタシが准哉のお嫁さんになってあげる、って言った場所」
 折角はぐらかしたつもりだったのに、砂季は超ど真ん中の直球を投げ返してきた。
――デッドボールでバッター瀕死――
 准哉の頭の中で、担架に乗せられてグラウンドを去る自分の姿が大画面で放映された。
 忘れるわけがない。このところ毎日あの日のことが思い出されていたんだから。
 十年以上も昔、学校帰りに交わした他愛もない子供の約束。あれは小学校に入学したての頃だっただろうか。帰り道、真新しいランドセルが重くて泣き出してしまった砂季をなだめながらこの公園に来て、一休みした後の出来事だった。
 あれをきっかけに砂季のことを意識し始めたのかも知れない。いつも側にいて、中学校も高校も一緒だった。
 だんだんと平凡になっていく自分に対して、だんだんと綺麗になって行く砂季。今隣に座る彼女は、何のミスもない完璧な彫刻のように見えた。
「十八歳のクリスマス。……今日だよね」
 ようやく冷めかけた缶のプルタブに指をかけ、砂季は勢いよく手前に引いた。固い金属音がして、コーヒーのよい香りが辺りに漂う。すっかり自分の缶を飲み干してしまった准哉の鼻先にも、その香りは漂ってきた。
「俺さ」
 今なら素直になれそうな気がする。自分に自信が持てないことも、進路の不安も、今ならイルミネーションが忘れさせてくれる。
「今でもオマエが好きだよ」
 イルミネーションに目を向けたまま、万感の想いを込めて短く告げる。隣に座る砂季が、体を固くしたのがわかったような気がした。
 しばしの沈黙。そっと目の端で窺うと、砂季の膝の上におかれた缶から、白い湯気がおぼろに立ち上るのが見えた。
「准哉……ごめんね」
 いつもの快活な調子ではなく、少し沈んだ砂季の声が返ってきた。
「准哉は忘れずにいてくれたのにね。アタシだけ変わっちゃったんだ」
 小さく息を吐くのが聞こえる。准哉はつい砂季の顔に視線を向けた。
 以外にも砂季は准哉の方をしっかりと見つめていた。その真っ直ぐな視線を受けて、准哉も背筋を伸ばす。
「俺だって変わったさ。昔はなんでもできた。成績だってもっとよかったし、なんでも一番だった。なのに今の俺は……。小さな石ころひとつ乗り越えられないでジタバタしてる」
 コーヒーの缶を強く握りながら准哉は砂季から視線を外せないでいた。掌の中のスチール缶は、鈍い音をたてていびつにへこんだ。
「准哉は変わってないよ。優しいところも頑張りやなところも。自分に自信なんて、アタシだって持ってないよ」
 ふわっと溶けてしまいそうな微笑み。今自分だけが見ることのできる、砂季の微笑み。
「なあ、俺じゃ店長の代わりになれないか?」
 この笑顔を自分のものにしたい。恋人達に用意されたクリスマス。何を告白したって許されるような気になってくる。
「ごめん、准哉。アタシ店長と……アタシが卒業したら結婚することに決まったんだ」
――バッター再起不能――
 准哉の頭の中でグラウンドを去ったバッターは、包帯でぐるぐる巻きにされて救急車で搬送されて行った。
「は……結婚? そこまで話が進んでたのか」
 ここまでスッパリと振られれば、却って気持ちがいいくらいだ。悲嘆にくれるよりも清々しい気分になってくる。
「店長、春から転勤なんだ。それについて行く」
「じゃあ引越すのか」
「ウチ大学に行かせてもらえるようなお金無いし。店長は母さんも一緒に住もうって言ってくれたけど、母さんは父さんのお墓の側を動きたくないって言うから、アタシ一人でね」
 砂季が最後の一口を飲み干した。
「准哉にだけは、ちゃんと今日伝えたかったんだ」
 缶の口についた色付きのリップクリームを指先で拭い、砂季は立ち上がった。
「……ごめんね、准哉」
「謝るなよ。だんだん惨めになってくるじゃないか」
 准哉も立ち上がった。ベンチの上に置かれた砂季の紙袋を拾い上げ、持たせてやる。いつものキラキラした瞳にイルミネーションを映し、砂季は軽く手を振って准哉に背を向けた。


「完全玉砕じゃねーか」
 砂季の去った後、今更ながら自嘲の笑いがこみ上げてきた。
 空は一段と闇の色を濃くし、またたく灯りが柔らかく網膜を刺激する。悶々としていた感情にきっぱり片がついたわけではないけれど、心を惑わす事柄が一つ消えてなくなったのは事実だ。学生本来の生活に戻って今この時期を乗り切らなければならない。
「俺、机の上に参考書を広げたまま出てきちまったな」
 どうでもいいことが急に思い出される。飼い猫がその上に上がって悪戯しても困る。コーヒーを買いに出かけただけなのに、こんなに遅くなってしまった。
「あ、やべ。肉、腐っちまう」
 今夜はすき焼きだ。母さんが鍋をあけて待っているだろう。嫌味のひとつも言われるかも知れない。
 世間はクリスマスだ。来年も、さ来年も、クリスマスはやってくる。その内にまた好きだと思える人が現れるかも知れない。
「頑張ってみるか」
 自分自身を頑張ってみよう。岡本准哉という人間を、頑張って生きてみよう。まだ十八歳じゃないか。これから、いい事を見つけていこう。
 スーパーの袋を片手に下げた。ガサガサと音を立て、袋の中身の重さが指に伝わる。
「砂季のバカヤロ」
 小さく呟いて砂季の幸せを祈ると、准哉はくるりと踵を返してイルミネーションに背を向けた。