――狂ってしまえば、どんなに楽だろう――
 私は諦めにも似た気持ちで写真を破る。細かく裂けた思い出は、ただの紙切れとなってゴミ箱の中にはらはらと落ちていく。
 ――雪みたいだ――
 白い紙片がゴミ箱の底に降り積もる。雪ならばいずれは溶けるだろう。でも私の心に積もった思い出は溶けることなく根雪となり、私の心を凍えさせる。
 ちぎれた写真に貼りついた笑顔も、今となっては心からの笑顔だったかどうか――それすら怪しい。
「愛してる」
 貴方は言った。出会った時も、初めて肌を重ねた時も、そして私が貴方の裏切りを知った時も。
 時にはためらいがちに、時には甘く、時には許しを乞うように。
 そして貴方は全てが終わったと思っている。全て元通りになったと……。
 ――そんなに簡単じゃないのよ――
 貴方を愛したから、貴方を追って来た。遥かの時を越えて。
 けれど私の愛は裏切られた。貴方は一時の気の迷いだと言ったけれど。
 さあ、支度はできた。後は貴方の帰りを待つだけ……。


「ただいま」
 貴方はいつもの笑顔でドアを開ける。裏切りなど何も無かったように。二人の未来がこれまでと同じように続いて行くと信じて疑わない顔で。
「おかえりなさい、あなた」
 私は微笑んで……ふっと息を吹きかけた。
 貴方がゆっくりとくず折れる。私に残した最後の笑顔のままで。そのまま床に倒れ、動かなくなる。
 私は貴方の体を抱いて……そして泣いた。
 私の涙は雪になって貴方の体に降り積もる。貴方はやがて白い雪に覆われ、見えなくなった。そして私の意識も遠くなり……。


 あの日。遠い昔に貴方と出会ってから、私の人生は狂ってしまった。人間を愛した私は、その者との恋を成就しなければ元の世界には戻れない。
 何度転生しても、貴方は私を裏切る。その度に貴方を殺め、私も消える。
 ――雪女――
 遠い昔の私の呼び名。